彼のエハン塾の動画をすべて見たのだが、彼の知識の幅の広さには驚かされる。
いろんなジャンルの話をしていたのだが、Amazonで彼の著書を検索すると随分ある。
その中で、動画の中で取り上げていた話についての著書もあり、古本で申し訳ないがまた数冊買いこんだ。
今日、3冊届いてのだがその中の一つ「太陽の暗号」という本を最初に読んだ。
彼は動画の中でも太陽の黒点の話をしているのだが、この本は2005年に出版されたらしく、この本の中で彼はマヤ歴の最後の日と言われて話題になった「2012年12月22日」にやけに拘っている。
ただ、それは地球最後の時期を意味するのではなく、「アセンション」が始まるという。
実はそのアセンションについてだが、エハン・デラヴィで検索すると「ミスターアセンション詐欺師エハン・デラヴィ」という書き込みが見つかった。
ただ、どうかと思うのは、そのブログの作者のプロフィールを見ると『性別:全人類を救済するべく降臨した男 』とあり、どっちもどっちだと思えてします。
しかし、エハン・デラヴィ氏だけではなく、多くのスピリチュアル系の導師も似たような話をしていたと思う。
すべては詐欺師と言えるわけだ・・・・
それはともかく、そのアセンションの時期がその日に限られているとするならば、確かに何も起きなかったが、しかしその前後として考えるなら、大幅に一部の人々の意識の眼ざめは、確実に起きて来ていると私は思う。
で、もう一つエハン・デラヴィ氏はエハン塾の講義の中で、当時の予測が外れたことを素直に認めていた。
それはマヤ歴の話ではなく、彼はNASAの発表する太陽のデーターを元にこの本を書いたらしいが、当時は太陽の観測衛星は「数個」しか無かったが、現在は「十数個」打ち上げられていて、太陽に関する情報が大幅に増えたという。
また当時の情報としては、黒点の数がどんどん増えていて、ちょうど7年後くらいにピークに達すると予想された。
ちょうどその時期と、「マヤ歴」が重なることから、彼はその日付に拘ったものと思われる。
しかしながら今年のエハン塾での話だと、現在は逆に太陽が「スリープ」状態に入っているように、元気がなくなっているという。
前置きはさておき、とにかく彼の興味のある分野がとにかく広い。
その件について、彼は別の動画で「エ二グラム」に触れたり「陰陽五行説」に触れたりして、自分の性格は陽であり、またいろんなものに興味を示すが、途中で投げ出し、結局やり遂げられるものは少ないと言っていたが、とにかく幅が広い。
この本も3つの章に別れていて、最初の章は現在の科学的な観測に関する話であるが、私は別にそれには興味もなく、眠気を催してきたので、あまり内容を覚えていない。
次は古代の神話や遺跡の話や、そこに隠された暗号の話・・・
まぁ、これも私にはさほど興味がない・・・
そして最後の章は、それらから彼が導き出した結論となるのだが、それがアセンションという事になるようである。
で、この章になると、いたるところに私の興味のある話が出てきて、思わず付箋が増えた。
彼は宇宙は電気に溢れているという。
太陽にも意識があり、太陽系を制御していて、そして地球にも宇宙エネルギーとして、電気エネルギーが降り注ぎ、その強弱の影響を、我々人類の意識や体は受けているという。
そして、其のエネルギーが1212年ごろにピークを迎えるので、アセンションが起きると彼は予測していたようである。
しかしその後の太陽は逆に弱まっているようで、結局その時期には起きなかったと思われる。
で彼のこの本で私が興味を示したのは「自己的なバイオコズム』仮説というものを示しているのだが、当時すでに「生命が宇宙を創造する」と唱えている学者が居たらしい。
また宇宙は生命に対し、好意的であるという話も出てくる。
これは言い方を変えると、葉室頼昭さんの「神とは宇宙の心である」という事と同じではないだろうか?
つまり、神である宇宙の心(創造主)は自分の存在を確かめるために、自分の分身である人類を作り、その動きから自分を知る・・・・
そんな話や、この本の中でも「臨死体験」を研究している学者の話が出てくるのだが、確かに肉体次元以外の次元が存在し、それは実は「自分の中」に在るのだと言っている。
まさに映画の「マトリックス」の世界が、我々が暮らしている世界だという。
ただ、いずれ我々の霊的進化が始まるといい、すでに「インディゴチルドレン」と呼ばれる新しい意識を持った子供たちは生まれているらしい・・・
また、彼は人間の意識のレベルを計る方法として、ホーキンス博士の「パワーか、フオースか」という著書の翻訳も手がけたらしい。
実はこの本の存在は他のスピリチュアル系の本に紹介されており、私は以前にAmazonで探したのだが、人気があるらしく古本でも二千円を超えている。
(資)文化財復元センター おおくま
「リモート・ビューイング」と言う言葉をご存じだろうか?
実は私もエハン塾で知ったのだが、日本語訳では「遠隔透視」と言うらしい・・・
この言葉なら何となく聞き覚えがある。
ただエハン・デラヴィ氏は、それを「超能力ではない」「誰にでも備わっている能力」だという事から始まったのだが、説明によるとこれはアメリカのCIAや国防省が、ソビエトが超能力者を使って情報収集をしているという話から、それに対抗するために研究費をだし、最初は軍の中でも超能力者の素質のあるものを選び、訓練させ、実際に情報を得ていたらしい・・・
いずれその研究者は、「一般人」でもその能力があると判り、一般的な軍やCIAの関係者に訓練を行い、成果を得たという。
つまり、これは「訓練」することで身に付く「技術」だと言う。
そのエハン・デラヴィ氏も十数年前に、アメリカでトレーニングを受けたらしく、当時3000ドルを払ったらしい。
結構いい値段であるが、エハン・デラヴィ氏の好奇心は半端ではなく、彼の講義の幅は広く、巡礼や古代文明や昨日の太陽の話、はたまたスーフィーの詩人の話や日本文化の話など、とどまることがなく、彼自身人類学者だと自分で言う。
で、エハン塾でも数回に分けて、リモートビューイングのトレーニングを段階に分けてやっていたのだが、彼もまた自分でメンバーを募り、何度もそのセミナーを開いているという。
で、彼は「直観」を鍛えるのに役立つと言うのだが、彼の書くリモートビューイングの本はなかったが、この著者の本があり、とりあえずはそれを買った。
で、昨日夕方から読みだしたのだが、この著者は自分ではいろんなセミナーを受けたがものにならず、人がやっていないものとして「リモートビューイング」をアメリカに行って習ってきたと言う。
その自分が受けたセミナーの様子を例にしながら、この技術を説明している。
たぶんエハン・デラヴィ氏と同じようなセミナーを受けたと見えて、トレーニング法もまったく同じなのだが、この本の著者は、自分は普通の人間だけど、このトレーニングを受けた時から、結構いい透視結果だと言うのだが・・・・
一通り読み終えて感じるのは、彼自身現在結構いい値段のセミナーを開いているようで、結局はそこへの呼び水的な意味合いが強いと感じた。
一方エハン・デラヴィ氏はエハン塾で、何度も「透視は当てようと思わない事」と強調しているのだが、考えると当たらないわけで、あくまでも「感」なんだと言う。
実際に数度の講義の中で、参加者は最初はターゲットに近いが、2度目になると当てようと欲を出してくると、逆に外れることを証明する形となった。
ところがこの本の著者にはそういうところは書かれておらず、あくまでも「誰でもできる」「直観力が付く」「ロトなどのギャンブルにも応用できる」と言うような、「欲」を誘う形で、自分のセミナーに誘導しょうとする姿勢が、私にはありありと見えてしまう。
で、彼は一切「意識」や「霊」や「魂」と言うような精神世界には触れておらず、「唯物論」的な立場だけをこの本には記しており、その方が「一般受け」すると考えているようである。
一方のエハン・デラヴィ氏は、むしろ精神面の話を講義でしている人だから、そこの深さがこの著者とまるで違う。
で、リモートビューイングの技術とは透視能力のように、具体的にその状況が見えると言うものではなく、ターゲットに名前ではなく、数字を割振りし、その数字から浮かぶ「抽象的なイメージ」を断片的に受け取り、それらをいくつかの側面から検討し、具体的なものを導く技術という事になるのだが、そのトレーニングのためには透視するターゲットを他人に作ってもらう必要があったり、またそれを数字に置き換えたりしないと、遠隔透視できないわけで、果たしてそこまでして、自分の得ようとする情報が得られるのか?
はなはだ疑問を感じる。
ただ「直観力」を高めるためには大いに役立つトレーニング法だと思う。
私はむしろそちらの方が意味があると思うし、その直観力が高まれば、いちいち遠隔透視など必要なく、「第六感」として、いろんなこと、つまり霊的な閃きを得られるのではないかと思う。
またそれは直接的に、予知能力や透視能力などの超能力が目覚めるきっかけになるのではないかと思う。
(資)文化財復元センター おおくま
最近エハン塾の話が多いのだが、エハン・デラヴィ氏は、自らを「人類学者」と呼びながら、また「ジャーナリスト」だと言う。
彼はエハン塾の講義の初めに、「自分の立場」を説明するのに、三角形を書き、例えば左側に「プラス」と書いて、それを「マスメディアの報道」だと説明する。
つまり我々が普段耳や目にする「情報」はここから発せられるものを指す。
一方反対側の右側を「マイナス」として、それに対する反論だと言う。
つまり、われわれが普段マスコミから与えられる情報は、ずいぶんと与える側の利益になるものに限られ、それに反するものはけっして報道されることがないとはっきり言う。
それをたとえば「異常気象」と言う言葉を最近よく耳にするが、10年前にはそんな言葉はなかった。
当時は「地球温暖化」と言う言葉が使われ、そして「CO2削減」と言う言葉にすぐに結び付けられた。
それは「グリーンビジネス」と言う「利権」を持った人々が、必要以上に煽り不安を抱かせることが、報道の目的とされた。
しかし、当時から反論する学者が大勢いたが、彼らは研究費を削られ、マスコミからもシャットアウトされたとはっきり彼は指摘する。
ところが、地球温暖化の証拠とされるデーターは、実は短期間のデーターであったり、はっきりねつ造された物であったりして、現実は温暖化どころか「ミニ氷河期」に向かっていると言う。
そうなってくると、マスコミも「地球温暖化」と言う言葉がつかえなくなり、そこで「異常気象」と言う新しい言葉に置き換え、さらに不安を抱かせようとしていると彼は指摘する。
あるいは「ドラックビジネス」の利権や、「9.11」のテロも、実は自作自演であり、そこに大きな利権が絡んでいるとはっきり指摘する。
そんなことをはっきり発言するジャーナリストは、昔は大勢いたが、現在はマスコミ自体が抑え込むので、とても少なくなったと言う。
でも彼はその一人だろうと思う。
そして、右側の「マイナス」は、それらのマスメディアの報道と反対側の発言を指すのだが、最近Facebookなどで、マスコミやあるいは中国・韓国がいかに自分の都合のいい情報を流しているか?
を、ネットを通じて知ることができるのだが・・・・
しかし、そこにはその情報を流す側の「エゴ」が全く入っていないのか?という事を考えた場合、いささかなりとも疑問が残る。
そこで彼の立場だが、みんなにその右でも左でもない「ニュートラル」と言う立場で、「独立個人」として「判断してほしいと」言う。
私も若いころから一般常識にとらわれない「独自の価値観」をもって、物事を判断してきた。
彼はジャーナリストとして、正しい情報を流すよう努めているらしい・・・
それでも、受け取る側は「ニュートラル」と言う価値観でそれを判断してほしいと言っている。
これは釈迦の教えにも通じる「中庸」という事にも通じるのではと思う。
我々はその立場を貫くためにも、もっと多くのことを学ぶ必要があると私は思う。
つまり、何も「自分の頭で考えない」、「自分の価値観で判断しない」、世の中の大半の人は、一部の人に「操られている」のだが、それすら「自覚」できない状態なのである。
彼は現代人は忙しくて、そんな時間がないと言うのだが、それは単に「怠慢」なだけで、要らないものを切り捨てれば、いくらでも時間は作れるという。
エハン塾の彼の講義は80分と長いが、一日1本だけ見ても、ずいぶんと学べると思う。
自分の「意識改革」こそ、我々は時間を割くべきではないかと思う。
(資)文化財復元センター おおくま
私は最近、神や魂や、意識と言う話ばかりしている。
それが仕事にマイナスであることは、十分に承知している。
しかし、それでも私ははっきり言いたいことがある。
われわれ現代人は、科学の進歩が、人類を進歩させていると誤解している。
しかし、我々は明らかに「退化」していると私は感じている。
よく、文化財の物質的な価値として「匠の技」が取り上げられ、その技術の高さは現在ではとても及ばないと言う話は聞く。
しかし、その「技」は、決してその職人の「精神レベル」の高さとは無関係ではないと、私は思う。
そこにはその人の「思い」の高さがその物質に込められていると、私は信じているのだが、私の持論は「文化とは人の精神的な営み」であり、「文化財とは、それを『形』にしたもの」だと思っている。あるいはそれを『記録』したものともいえる。
だとするなら、その技において、劣る現代人が、果たしてその当時の人よりも「精神性」が高いと言えるのだろうか?
何度も例に出すのだが、エハン・デラヴィ氏は40年前に日本に来たとき、昔の日本人が居たと言う。
つまり「精神文化の高さ」を持った日本人が・・・
その彼ははっきり現在の日本人は、当時の精神性を忘れてしまったと言う。
また、彼は世界中の古代遺跡を回っているのだが、エジプトのスフィンクスは、エジプト文明以前の存在であり、日本の明日香にある「酒船石」も明日香時代以前からあったはずだと言う。
我々の常識では信じがたいが、それはありうる話だと私は思う。
そんな昔、そんな技術を持つ古代人が居たとすれば、彼らは現代の我々を笑っていてもおかしくないだろうか?
話は少し変わるが、facebookの「友達では?」と言う紹介で、そこに映し出された人の名前は、確かに見覚えのある名前である。
その人の名前は、確か10年以上前に一時やり取りをした中国女性なのだが、なぜその人の名前がfacebookに載っているのか?
私は恐ろしくなった・・・
ネットの情報は明らかにgoogleの検索やヤフオクでのチェックや、Amazonでの検索結果が筒抜けになっており、その内容に応じた広告が表示されたりする。
これも不快であるが、それ以上にfacebookで「友達では?」と表示された人の名前は、もう10年ほど前のメールのやり取りの記録が、パソコンに残っているだけなのにもかかわらず、その情報が筒抜けになっているわけである。
こんな管理社会が果たして「進化」と言えるだろうか?
よく言われるように、ある日突然「国家反逆罪」として何もしていないのに逮捕される日が来るのも、間違いなく近未来と言える。
だからこそ「操られている」という事に気が付く必要があるし、また先人と呼ぶべき精神性を持った人々が残した「文化財」から、当時の人々の精神性の高さを学ばなければ、我々は自滅するのも時間の問題ではないだろうか?
また、物質とは幻であり、単なる波動として存在するとしたら、物質に拘らず「デジタル」は物質を伴わず、朽ちることがないと言う特徴を持ち、その先人の精神性を後世に伝えるのに向いていると私は信じている。
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最近ずっとエハン・デラヴィ氏の話を続けている。
そうすると、多分彼の「信者」だと思われているだろうと思う。
しかし、私は過去に「他人を信じること」がいかに、裏切られたりあるいは、失望したりすることを何度も経験しており、「盲信」することは決してないのだが、彼の著書を読み、彼の精神性の高さは判ったつもりだったが、この著書を朝から目を通していたのだが、この本にあるルーミーについてはエハン塾で語られていて、面白そうなので買ってみた。
そして、この本は800年前のスーフィーと言うイスラム神秘主義の詩人と、もう一人のアタールと言う人の詩を紹介しながら、彼の若き日、19歳~20歳の頃の精神的求道の旅を綴ったものだが・・・・
まだ読み終えた訳ではないのだが、このエハン・デラヴィ氏の精神性の高さには、とてもじゃないがついて行けないと思えてきた。
いゃ・・・・とにかく彼の求めている精神世界は、とてつもなく奥が深い・・・・
彼が日本に暮し、日本文化を吸収しようと随分頑張ったことは紹介した「聖なる国 日本」を読んで知っていたが、彼が日本で暮らすまでに、金を持たずに世界中をヒッピーとして旅をしていた話は、その本にも書かれていたが、私は単なる「貧乏旅行」としか捉えていなかった。
ところが彼はすでに19歳の時に「ルーミー」の存在を知り、彼の本をリックに詰め、「糧」としながら道を求めていたことが、この本では自分自身を「アブドゥール・シャ・フランディ・ハシム」と言う別の存在として出会い、その名で自分の体験を綴っている。
しかし、そこに綴られている彼の求める精神性は、半端じゃない・・・・・
この本に綴られている本当の意味を理解するには、一度ではとても理解できるものではないと判った。
なので読み終えて、もう一度腰を据えて読み直すつもりだが、しかし私は「波動を上げる」事の意味や、方法を探してきたが、それを見つけることができなかった。
しかし、エハン塾の彼は親しみのある話題が豊富な、学ぶべきものを持つ人ではあるが、まさかここまで深い精神性を追求してきた人だとは、思ってもみなかった。
まさに「波動が高い」とはこういう人の事だろうと、良き手本に出会えた気がする。
彼は私とほぼ同年代の62歳らしい・・・・
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