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(資)文化財復元センターは引っ越します。

私がもともと、写真スタジオの業務のいったんとして始めた「画像による文化財復元」は、「(資)文化財復元センター」として新たにスタートさせたのが、2004年の4月27日なのですが、当時から私の心の奥には、どういうわけか「長野の自然に囲まれた」中での作業が適しているという、思いがなんとなくありましたが、漠然としたもので、これといってあてのある話ではありませんでした。

ただ、この仕事の守護神は4つあり、その中でも一番強いのが長野の「諏訪大社」でした。

その後何十回となく、諏訪大社に詣で、エネルギーを貰って帰るのですが、今回やっとのことで、その長年の夢がかないます。

しかし諏訪大社の間近というのではなく、私は映画の「阿弥陀堂だより」のファンで、あの自然の中にゆっくりと流れる時間が、とても「癒し」があると感じていたし、またその撮影現場が「飯山市」であり、阿弥陀堂は映画のために建てられたもので、何度となく写真を撮りに行っていた。

今回、50年前に大工の作業場として立てられた、とても広い木造の建物を安価にて購入。

ただし豪雪地帯で5年以上、人が住んでいなかったので、屋根の一部が雪の重みに耐えかね、朽ち果てており、若干の雨漏りがありそう。

でももともと私は日曜大工が好きで、電気ノコや多くの大工道具を持っていましたが、生憎ビルのテナントでは役立てられなかったが、今回自分の建物であり、しかも木造なので、思う存分腕を発揮できる。

さらに、周りの敷地も広く、現在は雑草が生えているが、手入れをして自分の食べる分の野菜くらいは作ろうと思う。

今までとはずいぶんと環境が変わるが、元号も「令和」と改まり、新しい環境で「令和元年5月1日」をもって、再スタートいたします。

PS

実はその物件はあの「阿弥陀堂」から、5.6キロの距離にあり、周りは山に囲まれており、それも二重に囲まれ、手前の低い山並みにはこの季節ですから、「雪」はありませんが、その後ろの少し高い山並みには4/23日現在でも「残雪」が残っており、また今「桜」は満開となっています。

(資)文化財復元センター おおくま

令状が、いゃ礼状が届いた・・・

最近は文化財の復元だけでしなく、テレビで何度も取り上げられているので、個人からの依頼が増えた。

お位牌の戒名がいちばん多いが、その次に多いのは「書類」の復元となる。

特に「裁判がらみ」の依頼が多いが、その中でも「遺言書」に絡むものも多い。

身内と言えども、遺産が絡んでくると・・・

争いごとになる。

そんな中で、ちょうど1年前の話しだが、暮れに「消された遺言状

消された遺言状



という、依頼が舞い込んだ。

遺言書の争いとしては、書き換えられていたり、あるいは消されたり、または偽造されていることが多いが、その話は実はすでに遺言書があるのに、別の遺言書が出てきたらしい・・・

相手側から提出された、裁判の証拠なので、遺言書の「原本」ではなく、コピーされたものであった。

本来、私の技術は「原本」に「残された痕跡」を探し出すもので、それがコピーされたものとなると、その痕跡までコピーされることは少なくなり、良い結果は期待されない。

しかしながら、私は「試行錯誤」でこの技術を磨いてきたので、可能な限り努力をし、上から消された文字を復元した。

たまたま、年末年始の忙しい時期であったので、復元費用も若干割増させていただいた。

個人としては、決して安い費用ではないが・・・

それでも「遺産」が絡んでくると、その復元が「証拠」として有利に働く。

これ復元の依頼主から、おかげで裁判に勝てましたと、丁寧にお礼状が届いた。

 



 

実はその1年ほど前には、同じ「遺言書」がらみでも、全く逆の経験をしている。

その話は、依頼人と弟の二人が、裁判で親の遺産を争っていて、相手が提出してきた「遺言書」の真贋を争っていた。

その依頼人はコピー紙ではなく、スキャナーで撮られた「デジタルデーター」を持っていた。

そのデーターからの復元だが、スキャナーは、正面から光を充てて撮るので、影ができない。

つまり、紙に残されて「痕跡」を読み取りにくくしている。

それでも苦労して、その遺言書が書かれた紙に、微妙な「凸凹」があるのを見つけ、その復元を試みた。

その凸凹にははっきりと・・・

ほとんど同じ内容の遺言書で、「日付」の違う「遺言書」の文面であった。

その日付は、数日前の日付となっていたが、痴ほう症でもない親がそんな数日の間に「同じ内容」の遺言書を2度も書くのはおかしい。

どうもその「日付」の違いに意味があるらしいのだが・・・

この復元作業の途中で、依頼人と費用のことでもめ事が起きた。

急に依頼人は態度を豹変し、「復元依頼などしていない」と言い出した。

おかしなことで、その遺言書が偽物であることを証明できる証拠なのに、それを依頼人は頑なに拒み始めた。

結局裁判で争ったのだが、その依頼人は、準備書面や答弁書で主張していることが、いくつも「矛盾」していて、それをいくら指摘しても相手には理解できないらしい・・・

まともな神経ではなく「偏執狂」的性格としか言えないほど、主張が偏っていて、いくら理路整然と理屈に合った説明をしても、全く理解しょうとしなかったが・・・

結局裁判官も相手の被告人尋問でも、相手の矛盾を指摘するありさまだった。

こちらがいくら努力して、良い復元結果を出しても、お礼状をくれる人もいれば、逆に逆恨みする人もいて、同じ「一つの出来事」も、当人が受け取り方を間違えれば、答は180度変わる

(資)文化財復元センター おおくま

五日市物語・U-NEXT

実は私は数年前から、ネットの配信サイトをハシゴしている。

いくつもの「有料サイト」は、最初の1か月ほど、無料のサイトが多い。

その1か月間にも多い時で100くらいの作品を見て・・・

無料期間が終わる前に、解約し、次のサイトを見始め・・・

そしてまた次のサイトに移る。

それを繰り返すと、見たい作品、数百を、無料で見れる。

その後も、1か月単位で、新しい作品が入るのを待ち、また次のサイトへ移る・・・

普段、映画も見ないし、本も読まないものが、一気に数百冊の本、数百の映画を見た。

そこから学ぶべきものはとても大きかったが、今回の「五日市物語」って、ズバリ「ご当地映画」であり、現在「あきる野市」が、全面バックアップしていると言うか、たぶんスポンサーとなって創られた映画だと思う。

だけど・・・

決して五日市のたんなるPR映画にとどまらず、見る人を惹きつける何かがある。

それはたぶん脚本がいいんだと思うが、ある情報収集会社の社員が、仕事で「五日市」の取材に訪れる。

そこで出会った市の職員もまた、自分の地元に興味を覚えるのだが、主人公の女性は、その取材が中止になったことで、その会社を辞め、五日市の取材を私費で続行し、また市の職員も個人的に続行する。

いずれ二人は結ばれるのだが、私がこの映画を見ている間、とても「幸せ」な気分を味わった。

それはこの主人公のキャラクターである、ノー天気で、前向きな性格にとても「共感」を覚えたからなのだが・・・

私は17年前に離婚したが、最初に縁が繋がったのが、東京の17歳年下で、貿易事務をしている娘・・・

その娘と縁が繋がったのは、当時「偶然」だと思っていたが、数年前に、「精神世界」にのめり込み、世の中には偶然は存在せず、あるのは「必然」だけだという事を知った。

その彼女の性格は、私とは正反対で「悩まない」「落ち込まない」「深く考えない」の三拍子がそろっていた。

私はソレを、彼女の「欠点」だと思っていたが・・・

ある出来事から、私は彼女の「受け取り方」を変えた。

そうすると・・・彼女のその楽観的な考え方は、私には無い「長所」で有ることに気が付いた。

つまり、一つの出来事でも「自分の受け取り方」次第では、プラスにもなればマイナスにもなることを知った。

だけど・・・

結局は彼女との仲も終わり、その後幾人かと付き合ったが、ソレナリに学ぶべきものはあったが、最初の彼女ほどインパクトはなかった。

その意味がやっと解ったのは、60歳を超えた後・・・

この映画の主人公の女性も、まさしく彼女の性格と同じ、ノー天気だけど、だけど自分のやりたいことをちゃんとわきまえている。

結果として、とても見ていて「ハッピー」な気持ちになれる映画なのだが・・・

そこは脚本がいいのと、主人公とその周りの人々のキャラクターとか実にマッチしており、フッーの行政がPR目的で作った「ご当地映画」の域を超えていると思う。

このサイトも無料期間が有り、その間にキャンセルすれば「タダ」で、ハッピーな気分を味わえる。

(資)文化財復元センター おおくま


 

ガンジー・U-NEXT

1982年の作品である。

つまりすでに35年前のハリウッドの作品であるが・・・

わたしには、この作品について、深い思い出がある。

当時、私は仕事としてではなく「ライフワーク」として、舞台写真を撮っていた。

と言っても演劇の写真ではなく、「舞踊・舞踏」の類なのだが、私には一つのテーマが有った。

それは単に踊り手の「記録」としての写真ではなく、「人間の体が創るフォルムとしての美しさ」を追及していた。

つまり、あらゆる踊りの写真を撮っていたのだが、特に「民族舞踊」の類は、いろいろと撮った。

その一つに「インド舞踊」も含まれており、京都には当時「バサンタムラインド舞踊研究所」と言うのが有り、そこに印度人と日本人のハーフで「シャクティ」という、舞踊家が居た。

カノジョの写真を撮りたいが、生憎伝手が無い・・・

で、当時天王寺に「弘雄介」と言う、シタールの奏者が居た。

彼はなんとラビ・シャンカールの愛弟子であった。

ラビシャンカールと言えば、ビートルズも傾倒し、当時「バングラディシュ難民救済コンサート」と言う映画でも知られる、印度の最高位のシタール奏者であるが、彼は各国に一人しか弟子を取らないと言う。

そのニッポン人のたった一人の弟子が、弘さんなのだが、彼はいろんなジャンルの芸術家ともセッションをしていて、能の囃子方の大蔵流の、二人の息子や、宮城道雄の弟子であった、盲目の邦楽の作曲家の作品を、NHKで録音するときにも、写真を撮ったし、この「ガンジー」が封切られたとき、開演前に、彼の「インド音楽」の演奏が有り、それも当時撮っている。

既に35年前の話しであるが、この映画その後何度も見ている。

で、今回有料のネット配信で見たのだが、なんと音楽は弘さんの師匠である「ラビ・シャンカール」が担当しているらしい。

最近はラビ・シャンカールの娘がシタールを演奏していることを知った。

で、肝心な映画の話なのだが、まず初めの部分で「この映画をMコタリ氏、マウントバッケン伯およびP・ネール氏に捧ぐ」そして「その激励と不断の擁護によりこの映画は完成した」さらに「他人の人生は一口には語りつくせない」「毎年の出来事」「生涯に出会った人々」「すべてを克明に記述できない」「ただ」その精神において記録に忠実に描き」「その人の心をうかがい知るのみである」と記された言葉から始まるのだが・・・・

この言葉の意味するものは、単にハリウッド映画であっても、娯楽として創られたものではなく、多少の誇張は有ろうと、事実に基づくものだと思われる。

この映画、ガンジーが暗殺されるところから始まるのだが・・・・

過去に私はこの映画を何度も見ている。

しかし、その都度、自分の精神レベルにおいて、受け取り方は随分違っていたと思う。

またこの映画が封切られた当時、私も30歳になりたてだと思うが、ガンジーの「無抵抗主義」というのが理解できなかった。

その後、歳を経るなりの受け取り方の違いは有れど、先ほどこの3時間に及ぶ大作を見た時、やっと64才にして、彼の言わんとすることが理解できた。

とはいえ、私も彼ほど「無抵抗」で有ることが、最大の武器であるという事は、頭では理解できても、まだまだ「目には目を」という、気持ちは完全には消えていない。

ただ、「いま」地球は大きく変わろうとしていて、3次元から5次元への次元上昇中だと言う。

次元上昇するという事は、要するに人々の「意識」があがることを意味する。

意識があがるとはどういう事か?

今まで、物事を悲観的に考えたり、楽観的に考えたり、ヒトそれぞれ受け取り方が違う。

しかし、次元があがれば「悲観的」な考え方が消滅するらしい・・・・

そして、否定的な考え方も無くなり、悪に対しても「許し」と言う考え方が、主流になると言う。

つまり、ガンジーの考え方やマンデラの考え方こそ、高次元の「意識」の有り方だと言う。

宇宙の「意識」の有り方も、実は彼らの考え方こそ、見本とすべきものであり、これから始まる新しい地球上の人類の生活の見本となるべき人であろうと思う。

(資)文化財復元センター おおくま


石上神宮

石上神宮は、ハリー山科氏の動画「皆神山の謎」のシリーズで取り上げられていたので知ったのだが、大神神社の近くにあるらしく、寄ったのは2度目なのだが、大神神社は結構規模も大きいし、お金もかかっているのが判るが、こちらはそれに引き替え、こじんまりとして、質素な雰囲気で、昨日も朝の8時ごろに到着すると、神官の人たちが、ぞうきんがけをしていた。

写真には無いが、ココは境内にニワトリを放し飼いにしていて、朝は特に鳴き声がにぎやかである。

場所は天理市で、駐車場から何やら瓦葺きなのだが、ちょっと変わった建物がいくつか目に入ったが、それは天理教の本部らしい・・・

昔から、霊山やこういう古くからの神社の周りに、「新興宗教」が本部を構えると言うが・・・・

正にそういう場所だと思う。

(資)文化財復元センター おおくま


   

 


   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 

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