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「太陽と海の教室」YouTube
昨日、社会見学に来た中学生の礼状について記したら、どういうわけか?私のブログの記事にしては一晩に15人ほどのアクセスが有った。
普段はせいぜい一人や二人なのに・・・・・
 
 
私は現実主義者ではなく、明らかに理想主義者なのだと思う。
そしてその自分の理想とするものに向かい、努力を惜しまない。
 
うちの会社には「研修生募集」という精度がある。
研修生と言うと聞こえが良いが、一度匿名の中傷メールが入ったのだが、「タダ働き」されているものと思われているようである。
 
しかし、人はパンのみに生きるに非ずと言う。
 
もっと大事なものがあり、それを忘れて、自分の損得で動くように、日本の教育は動いていると私は思う。
 
徒弟制度」と言うのは、今となっては死語と化してしまったが、親方は弟子たちの「親代わり」として、「一人前の人」として育てた。
 
それは「技術者」を育成すののではなく、あくまでも「人を育てる」ことを意味した。
 
 
 
それが昨日の「礼状」にしても、明らかに教育者そのものが、いまどきそんな制度で育っていないものだから、「」を育てることができない。
 
たまたま、昨夜暇つぶしにYouTubeを検索していたら「太陽と海の教室」と言うドラマを見た。
 
 
 
普段テレビドラマなど観ることもなく、「邦画」を検索中に見つけ、1時間以上の長さだったので見始めたら、どうも連続ドラマとなっていた。
 
ストーリーは、学園青春ドラマとでもいうのだろうか?
 
昔は「金八先生」が一世を風靡したが、このドラマは2008年に放送されていたらしい・・・・
 
ほんとうの「人を育てる」ことを知っている若き教師と、正反対の理事長・・・・・
 
そして、担当クラスの生徒たち。
 
その教師の熱血ぶりを見ていて、悪く言えば「ドラマ」と言う人が多いだろうが、そんな冷めた目で見る以前に、やはり「教育」の在り方をもう一度考え直す必要性を私は感じた。
このドラマ、よく出来ており、引き込まれて、最終回まで一気に見てしまった。
 
(資)文化財復元センター  おおくま
YouTube Preview Image
明日取材が入っている・・・
数日前に、電話が入り、NHKの全国ネットの夜の番組で、当社の復元技術を紹介したいと連絡が入った。
さっそく、以前に放映された映像のDVDや資料を、急いで宅配便で送り、翌日指定としてあったのに、本日まだ届かないと連絡が入った。
いつもは、ちゃんと伝票の控えをもらっているのに、どういうわけかその件について、控えをもらった記憶がなく、実際に控えも手元にない。
結局、届かない様子で、本日の夕方電話で打ち合わせ、明日15日の午後からインタビューと撮影の予定となっている。
放送日等が決まれば、またアップする予定である。
(資)文化財復元センター  おおくま
本日の取材
午後から、NHKの取材班が到着した。
 
連絡をもらっているのはディレクターなのだが、過去10回以上のテレビ取材を経験しているが、少ない時は一人でカメラを回し、インタビューをされるが、今回はなんと、ディレクター以外にカメラマン、照明係、録音係と、4人もの撮影班となっている。
 
一般的にいつも受けるのがニュースの中の「特集」として流されるので、まさか4人がかりだとは思わなかったが、しかし夜の10時台の全国放送の番組だから、やはりスタッフはその道の専門家ばかり・・・
 
取材はこちらで昨夜準備をしておいたので、2時間ほどで終了・・・
 
で、番組名は伏せておくが、放送は来年の2月か3月ごろとの事。
 
また連絡が入ったら、お知らせする。
 
(資)文化財復元センター  おおくま
窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず、通ずれば則ち久し
易の中の有名な言葉だと言う。
 
何度も言うのだが、私は随分と不思議な体験をしている。
でも、ほとんどの人はそれを信じない・・・
 
しかし、私の不思議な体験は、私一人の経験ではなく、ユングの「シンクロニシティ」日本語で言えば「共時性」、もっとわかりやすく言えば「意味のある偶然」と呼ばれる様に、実際に多くの人が経験し、いゃほとんどの人は体験しているにもかかわらず、「自覚」がないだけの話。
 
 
私は10年以上前から、その原因を知りたいと努力してきた、つまり「目に見えない不思議な力」がそこには働いていると言う自覚が私にはあった。
 
それは私の「復元」の仕事と大きく関わりがあるはずなのだが、「目に見えない不思議な力」と言えば、当然「」や「」と切り離せない。
 
 
 
しかし私はどうも霊感を持ち合わせていないらしく、それをカバーするために「ヘミシンク(Hemi-Sync)」や「チャネリング」を試すのだが、なぜか私にはうまく行かない。
 
ただ、ここ2年ほど、私は大きな試練を与えられているようで、その間この手の本を多く読み、多くのことを学んだ。
 
 
 
それは「目に見えない不思議な力」も認めてくれているらしく、霊感ではないが「易経」というモノにたどり着いた。
 
易経は中国で長い歴史の中で磨かれた智慧だと言う。
 
一般的に「易占」と言う、占いに用いられるが、これには不思議と「共時性」が作用していると、ユングも記している。
 
迷った時に、判断の材料として使われるが、どういうわけか、私はそれを使い「目に見えない不思議な力」と「対話」ができるようになった。
 
そう、「対話」なのである。
私が問えば、それに易の卦辞や爻辞(こうじ)の文が応える。
 
 

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易占と共時性
今朝も一つ、易占で聴いてみた・・・・
 
巷では雪が降っているが、現在わが愛車はスタットレスを履いていない。
近々雪道を走ることはないか?
 
と、問いかけたら、本卦(ほんか)が「60・水沢節(すいたくせつ)」と出た。
 
その卦のサブタイトルに「誘惑をしりぞけよ」とある。
 
つまり、心配事をしりぞけよと言う意味だと思うし、卦辞(かじ)には「無理をせずに節制するなら、道は自ずと開く」となっている。
 
易経の卦辞も爻辞(こうじ)も具体的な応えが返ることはほとんどないのだが、明らかにこちらの問いかけに可能な限り「言葉」として返されていることがわかる。
之卦(しか)は「58・兌為沢(だいたく)」なのだが、そのサブタイトルに「和合悦楽」となっている。
爻辞(こうじ)は「うたがわしきには近づかない。 悦びには時に毒もある」となっていいる。
 
それらからすると「心配するな、雪の降る所に近づくな」と言う意味に取れる。
 
 
いろいろと、易占の本を読むのだが、一部の本には「共時性」の存在にも触れているが、しかし、それは「どういう形」で、「どの瞬間」に起きるのか?
それに触れたものは何もない。
 
つまり、もし易占に何らかの「意味のある偶然」が起きるとしたら、それはいつ行われるのか?と言う疑問である。
 
まず、私は筮竹(ぜいちく)を買ったとき、本来50本で占うものだが、51本入ったまま、知らずに占っていた。
その51本で占った結果と、それに気づきそれ以後は50本で占っているのだが、まったく「応え」に違いがなく、ちゃんと筋が通っている。
 
それは、ニスのムラがあり、手触りが悪くても、磨いて手触りが良くなろうが、また精神統一されていようが、問いかけてすぐに筮竹(ぜいちく)を切ろうが、まったく違いが起きない。
 

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