今朝、仕事場のポストを覗くと、何やらたいそうなものが届いていた。
宛名のこちらの住所は、へたくそな字で、まるで小学生が書いたようなような文字なのだが、その裏の差出人が凄い・・・・
なんと大きな字で「警視庁」と四角くくくって書いてある。
実は表の下には「警視庁戸塚警察署」と書かれていたのだが、誰かのいたずらか詐欺ではないかと思った。
警察ならともかく、「警視庁」から呼び出される覚えもないし、かと言って、まさかうちに分析の依頼でもあるまいし・・・・・・・
今日もシスター鈴木秀子の本を午前中から読んでいるのだが、震災の体験談と違い、ちゃんとテーマを持って書かれた本なので、読み応えがあるのだが、その分一気に最後まで読もうといると、ちょっと精神的にしんどいところもあり、1章を読み終えるたびに少し気分転換をする。
そんな時、うちのサイトの統計情報に目をやるのだが、統計を取り出してからまず最初の頃はクリックしたページの数と、訪問者の数からすると、最初は一人が1.5ページ開いた計算になる。
つまり何かのキーワードで検索して、引っかかったページだけ見た人が半数を超えている。
しかもどちらかと言うとブログの書き込みにアクセスが多い。
ところが後半になると、一人で複数のページを見ている人が増え、その中には仕事のページを前から順番に続けてみてくれている人が現れた。
これはたぶんある人に私の仕事を紹介したので、その関係で順番に見てくれていると思われる。
そんな人が最近増えてきた。
そういうことも統計プラグインで判ることはありがたい。
また検索のキーワードも表示され、毎日「霊視」関係の検索も間違いなくある。
そのほとんどは「無料霊視鑑定」の真偽を確かめるためだと思われるから、私の書き込みが被害者を減らす役に立っていることは間違いないようである。
それと「ノーカーボン領収書の文字 消すには」と言うキーワードで検索している人がいた。
実は数日前にも同じキーワードで検索されている。
普通は文字を読み取ると言うキーワードで調べられるのだが、わざわざ消すと言うのは、どういう状況なのかと、こちらが興味を覚えてしまう。
また面白いものでは「エハン詐欺師」と言うキーワードで調べている人もいた。
これは『「太陽の暗号」 エハン・デラヴィ著』の中に私が
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実はそのアセンションについてだが、エハン・デラヴィで検索すると「ミスターアセンション詐欺師エハン・デラヴィ」という書き込みが見つかった。
ただ、どうかと思うのは、そのブログの作者のプロフィールを見ると『性別:全人類を救済するべく降臨した男 』とあり、どっちもどっちだと思えてします。
しかし、エハン・デラヴィ氏だけではなく、多くのスピリチュアル系の導師も似たような話をしていたと思う。
すべては詐欺師と言えるわけだ・・・・
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と、書いているものが引っかかったらしい・・・・
何度も言うが、物事は発した側の責任より、「受け取り側」の責任の方が大きい。
どんなことでも、相手の悪い面を見るか、良い面を見るか、また自分がどう受け取るか?によって、それは自分の糧にも毒にも変わる。
エハン・デラヴィ氏はけっして人をだませるような性格ではないと私は信じる。
彼も私も性格的に似ているところがあり、自分の考え方を相手に伝えるときに「一番インパクトのある」言い方をする。
そうすると、その人の受け取り方によれば、刺激が強すぎて悪い印象を与えることが多々ある。
彼の考え方は「エハン塾」の動画を最初から見て行けば、そんな悪党ではないことは理解できると思う。
(資)文化財復元センター おおくま
このまえ、サイトの統計のプラグインを入れた。
それから毎日、数字が楽しみなのだが、それ以外にどこからアクセスされたかもわかる。
と言っても別に都道府県別とかいう話ではなく、日本か海外か・・・
で、当然ほとんどが日本国内なのだが、どういうわけかほとんど毎日アメリカからのアクセスが、若干ある。
まぁ、アメリカ在住の日本人も多いからと思うのだが、今日は初めて「エジプト」からのアクセスが記録されていた。
エジプトと言えば、ビラミットや遺跡なのだが、当然壁画も多い・・・
何か仕事に繋がればいいのだが・・・・
(資)文化財復元センター おおくま
このタイトルを読めば、中身が判る。
実は津留晃一さんの文章にも同じ言葉が出てくる。
つまり、彼はどうもチャネリングのようなもので、ガイドからいろんなことを教えられた人の様ですが、ある時ガイドだろうと思いますが彼が変えるべき点についてついて聞くと、「そのままで良い」と言われ、唯一変えるとしたら、そう考えることを変える事と言われたとか。
多くの精神世界の本を読むと、大きく分けて2つの事が書かれている。
一つは、自分の意識を変えれば、自分を取り巻くすべてが変わるということ。
もう一つは、一人一人は神から愛されている存在であり、何一つ変える必要がないと・・・
どちらもそれぞれの立場で説明されることには納得がいく。
しかし、この二つを比較して云々と言う話を聞いたことがない。
先ほどの津留晃一さんにしても、相手に応じて別々のことを言われるんですね?
そうすると、どちらが正しいということではなく、どちらも正しいということなのだろうか?
私がいろんな分野の本を読み、その時はそこに書かれていることが正しいと思うのだが、しかし時間をおいてもう一度考えると、なにかきれいごとを言っていて、その中に矛盾があるようになり、結局不審を抱く。
これの繰り返しなのである。
うちのサイトの統計情報を取り出して、1週間が過ぎた。
最初は40弱、次が60弱、そして80弱と一直線で伸びたが、しかしその後また裏返したように50強、40強と山形になり、そして一気に112といきなり伸びたあと、また少しづつ落ちてはいるが、しかし全体的にアップしている。
うれしいのは、仕事のページも消えた文字や位牌の復元は毎日アクセスがあり、ブログの書き込みもずいぶん昔のものが検索され見られたいたり、今日などやっと当日書いたものがfacebookからのリンク数より多く複数の人が見てくれたこと。
やっと私の真意を解ってくれる人々と繋がり始めたと感じる・・・・
(資)文化財復元センター おおくま