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名古屋の想念寺

facebookの友達を時々訪ねているのだが、今回は名古屋の「想念寺」を訪ねた。

珍しく町中にある寺で、住職に聞くと、戦争で焼け野原になり、そこに建てられた寺なのだが、現在は広い道路に面する町中となっている。

まず寺の本堂の横の応接間に通されたのだが、そこには素敵な衝立が立てられていて、なんと後ろが透けて見える。

よくよく見ると、泳ぐ鯉は刺繍されている。

想念寺-2 想念寺-3
想念寺-4 想念寺-5

で、実は本堂を覗かせていただいてびっくりしたのは、まだ新しいお位牌や、遺影が両サイドに所狭しと並べられていた。

聞くところによると、町中で墓がないとか・・・

しかし、古いお位牌を置かれている寺は見かけるが、ここまで多くの新しい位牌の山は見たことがなかった。

で、その本堂の奥に新しく建てられた地蔵堂があり、そこの通路に、弥勒仏のポスターは目印として貼られていた。

しかもその奥の地蔵堂には数多くの地蔵仏が安置されているのだが、なんとこれらは中国の寺から時々送られてくるものらしい・・

想念寺  
想念寺-6 想念寺-7

この地蔵堂はいろんなイベントや、訳の判らない人々のたまり場として解放されているらしく、住職の渡辺さんはまだ40代半ばだが、いろんなボランティア活動をされているらしく、昨日もプラモデル愛好家のちょっと危ないオトコがたむろしていた・・・・

でも、一緒に行ったものも「暖かい寺 」と言っていたが、まさに寺の名の通り「想い」と人々の「念」がいっぱい詰まった寺であった。

(資)文化財復元センター  おおくま

ちょっとした情報

ここは「けいはんなプラザ」の「ラボ棟」というビルの9階なのだが、ここの3階には京都府や精華町や奈良県等の行政から出向されたり、大企業からの出向組が、ここに入っている企業を支援する組織があり、うちもいろいろと動いていただいたが、結局仕事が特殊なので、製造業のようにうまくマッチングがいかない。

その事務所におられる地元「精華町」の担当者が訪ねてきた。

大した話じゃないが・・・・と言われながら聞いた話だが、最近「(資)文化財復元センター」について訪ねる電話が、精華町の役場に続けて2本入ったらしい。

何分社名が、柏原考古学研究所や奈良文化財研究所などと、同じに思えるらしく、精華町と関係があるのか?というような内容だったらしい。

電話を受けた担当者が、逆にうちのホームページを見て「すごい・・・」と感心していたと、ここの担当者は伝えに来た。

    
実は、私は大阪府の「なにわの名工」と、京都府の「現代の名工」とを持っているのだが、その京都府への申請書類を書いていただいたのが、その方で、来年は政府の「現代の名工」へ応募したいと思い、また精華町から推薦してもらわなければならず、当社の知名度アップに、その問い合わせ電話は役だった模様。
    

(資)文化財復元センター  おおくま

藤森神社・ちょっといい話

昨日の午前中、受けた1本の電話。

   
文化財復元センターですか?

実は私は、最近藤森神社の近くに越してきたのですが、いつも朝の散歩のときに神社内に貼ってあるポスターがとても気に入り、ぜひ自宅に飾りたいので分けてもらえますか?

    
    
へぇ・・・去年の暮れにfacebookの友達と全国の社寺に送った、「弥勒下生」と題した笠置寺弥勒磨崖仏のポスターをわざわざ自宅に飾りたいと思う人も居るんだ・・・・と、とてもうれしくなり、午後からその電話の主と藤森神社で待ち合わせ、手渡しする事にした。

    
facebookの友達からは多くの反響があり、いくつかの社寺に貼っていただいているもので、まず友達リストで「藤森神社」の関係者を探した。

しかし見当たらず、DMとして全国の社寺に資料を送っているので、そのリストを見ると、確かに入っている。

    
    
昨年発送後に、そのリストに入っている笠置寺と縁のある寺の住職は、「奈良大で教えているので、学生に見せる」とハガキをいただいたが、それ以外は過去3回ほどDMとして資料を送った全国の社寺から反応は皆無であった。

しかし、うちの顧問曰く「送った資料はちゃんと保存されているはず」「何かあったときには必ずそれが生きる」と言われていたが、すぐには仕事に結びつかなくても、ちゃんとこういう形で反響があることを確認できた。

   
早速藤森神社で、どこにポスターが貼られているのか?探したら、鉄筋コンクリート建ての受け付けのような建物の向かいに、絵馬堂のような平屋建ての建物があり、そこにはペンチがいくつかあったので、休憩所や待合室として使われているところに、周りに金色のフイルムを貼り、その上にいくつかのイベント関係のポスターが、ずらりと貼られていた。

    
その広いスペースのちょうどど真ん中に、なんとうちのポスターが貼られていた。

   
しかもなんとその脇を固めるのが、「国宝・大神社展」であったのにはびっくりしてしまう。

恐れ多い気持ちを抱いた。
    

B1ポスター印刷データー

藤森-1 藤森-2 藤森-3

    
で、少し早い目に到着したのだが、その電話の主もすぐに現れた。

話を聞くと、元ホテルマンで、最近この近くに越してきたという。

もともと京都生まれの京都育ちだが、若いころに長野のホテルで数か月アルバイトをした。

期間が終わり、社長に挨拶して帰ろうとしたら、リゾートホテルを作る予定があり、それを手伝わないかと声をかけられたらしい。

それからいきなり、そのリゾートホテルの初代総支配人に抜擢されたという。 

    
    
長年長野のリゾートホテルに勤めた後、また京都に戻ったらしく、京都のホテルに勤めたり、京都の有名寺院の館長の直筆の書を売り歩いた時期もあるという。

    
さすがに長年ホテルマンをされていた方だけあって、人当たりはとても柔らかい。

    
このポースターをわざわざ届けていただいたお礼に、人脈を使い、人を紹介したいといっていただいた。

    
この仕事は技術だけではなかなか仕事に結びつかず、そこには「紹介者」を必要とするのだが、生憎私はモノを創るのは得意であるが、人付き合いは決して得意ではない。

    
それが足を引っ張っているのだが、しかし「縁」と言うモノがそこには絡んでいて、いくら一人で精いっぱい頑張っても実現できないことも、時期が来てそういう人と「縁」が繋がることで、今まで実現できなかったことも可能となる。

人との縁とはそんなもんであり、自分に欠けている部分は補ってくれる人が必ず現れるものだと思っている。
   
(資)文化財復元センター  おおくま

アメリカの財団・その後2
先週、わが社の顧問を通して、アメリカの財団にその復元の理解と支援のお願いメールを出した。
 
当日、自動返信メールが返るところ、また翌日に支援の範囲が違うとか地域が違うから、支援できないという返事が数通返った。
 
そして昨夜も1通、「当財団の支援地域は、国内の財団のある地域に限られる」とちゃんと返事を返して頂いた。
 
 
まだ返事をもらった数は、送った数の一部でしかないが、国外の全くアメリカの文化とは関係のない「日本の文化」に対して、支援を申し出ること自体が、本来なら厚かましい話だと自覚してはいる。
 
しかし、アメリカのいくつかの財団は、自らの利益とは無関係の国外の活動にも支援をされているようで、そういう姿には頭が下がる。
 
 
ある人曰く、「アメリカには誇れる長い歴史や文化がないから、他国の文化に魅かれる」と聞いたことがある。
 
一方その対極にあるのが、中国だと思うが、数千年という歴史と誇るべき文化遺産はとても多く、それらは中国国民に限らず、人類の残すべき遺産だと思う。
 
だから、私はその作業の手伝いを申し出ているのだが、肝心な中国政府も現代の中国の人々も、どうもそういう意識が乏しいと見えて、なかなか実現しない。
 
 
ただ、この日本だって、海外にはODAや青年海外協力隊などの技術支援を多く行ってはいるのだが、肝心な国内の「残さなければならない文化遺産」に対する理解は、政府もそして所有者の方々も、まだまだ熱心とは言えないように思える。
 
 
私は本来、祖先(民族)の気づいた文化を次の世代に受け渡すことは、その子孫(民族)の使命だと思っている。
 
つまり、文化とは優劣をつけられるものではなく、ある「くくり」の固有のものだと考えているので、言い換えればそれを本当に理解できるのは、そのくくりに属する人々だろうと思う。
 
だからこそ、日本固有の文化を正しく理解し、そしてそれを次の世代に受け渡せるのも、実は日本人でしかない。
ましてそれは権利ではなく、「義務」だと私は思っていて、この仕事を始めてすでに十数年が過ぎたが、当時よりはよくなったが、まだまだ浸透していないように感じるのは、私だけだろうか。
 
(資)文化財復元センター  おおくま
専門家の意見
「数珠巡礼会」という60を超える関西の寺の集まりがあり、実は5/20日にその幹事会にてデジタル復元のプレゼンの機会を得た。
 
テレビの取材は何度となく経験はしているし、展示会などでのプレゼンも経験がある。
 
 
 
普段はテレビ取材などは、聞かれる内容が同じだし、出たとこ勝負で臨機応変に応える。
 
しかし、今回のプレゼンは相手が違い、有名寺院の関係者の方々。
 
 
ちょっと緊張するので、念入りにパワーポイントの原稿を作った。
 
 
文章も念入りに考えた。
でもそれを一人でリハーサルすると、どうしても原稿の棒読みとなる。
 
 
そこで、NHK並みに「専門家の意見」を聞いてみた。
ある専門家曰く
 
プレゼンって短い間に、いかにインパクトを持って相手に根幹を伝え
終わった後も印象に残らせ、ひとにそのことを話題にしてみたくなるようにするか、
が腕の見せ所。
 
内容がいかに充実していても「伝え方」で、眠くなったり、早く終わらないかなってなったり
印象に残らなかったり、普通に思えたり。
     
たった15分でも、つまらなければ、ひとは3分で飽きる動物。
我慢の限界がそのくらい。気の早い人は1分くらいで、判断する。
 
最初にインパクトのある結果を見せて、その後に現状を見せる。
そのコントラストで関心を引き、なんでこうなるかの解説をする。
 
●解説も、簡潔に、紙芝居のようにポイントをデフォルメして、場面場面をとんとんとん、とフラッシュしながら進ませる。
    
それから、なんで今これが必要か、を力説。ここがクライマックス。
ただ力説するだけじゃなく、こうしなかったら、どうなるか、との対比を織り込む。
他の技術との違いも、ここで。
 
●で、あとは聴き手の心の在り方に言及。
共感をいただく、つまり聴き手が主体でこの技術が必要』と思ってもらえるような声掛けをして、しめる。
 
と、言う、さすがはその道の専門家、実に的確なアドバイスをいただいた。
 
そこで私は「アンタは偉い!!」と返してしまった・・・・
 
だけど、それを素人が出来たら、アンタも私と一緒で、Proとして飯は食えんでぇ・・・
 
 
と、言う話は、横に置いておいて、確かにプレゼントはそうあるべきだとは私も思う。
 
だけど、そんなことを考えながら、用意した内容を言葉にするのは難しい・・・
 
で、再度原稿を作り直したわけだが、あとは当日いつものように「出たとこ勝負」で、思いついたことを話すしかないと、居直った。

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