先日、訳あって古本にて高価な「高松塚古墳壁画」の本を購入した話をしたのだが・・・
その本が届き、じっくりと見てみた。
本の最初のページには、折込で各壁面の全体画像が載っているのだが、恥ずかしながら断片的な絵柄は時々見かけるものの、全体としてどういう壁画なのかは知らなかった。
いゃ、はっきりいって興味がなかったというべきなのだが、同じような文化財復元の仕事をしているものとして、おかしいと思われるだろうが、はっきりいってこの壁画の話も「源氏物語絵巻」の復元の話も、雲の上の出来事でしかないのが正直なところである。
つまり、「国宝」ともなると、一般業者の入り込める余地は皆無であり、東文研・奈文研や大学の先生方が居られ、とてもわれわれの出る幕はない。
私は結構そういう割り切りもあり、興味を持ちもしなかった。
ところが、ある方の紹介があり、「飛鳥保存財団」へ挨拶に行くこととなった。
保存財団は、国の研究機関とは関係なく、飛鳥の古墳や遺跡全般の普及や啓蒙活動をされているところで、駅前の「案内所」や「高松塚壁画館」「研修宿泊施設」などを管理されている。
せっかく伺うのだから、せめて「予習」をしようと購入したのが、その豪華本だった。
で、伺う前日に再度予習の意味を含め、その豪華本を隅々まで見てみた。
その画像のほとんどは「クローズアップ」なのだが、確かに細部はわかりやすいが、逆にそれぞれの群像のイメージがわきにくい感じがした。
まぁ、それはさておき、一番私が興味がわいたのは、単なるカラー撮影画像だけではなく、同じ構図で「赤外線画像」や「蛍光画像」が何枚か収められているところである。
当然、私の専門とするところだから、日本の最高峰の文化財の撮影スタッフのレベルを知るにはもってこいである。
もちろんこの撮影を担当されている人は、「源氏物語絵巻」の科学調査の撮影も担当されている、知る人ぞ知る存在であり、腕を疑うなどという意味はまったくなく、彼の「撮影法」を勉強させてもらった。
そして、私自身がポリライトを使ってまだ間がないので、実際に壁画でどういう効果が現れるのかを知るにはちょうどいい教材となった。
そういう意味も含め、定価で買うのはちょっと・・・だが1/3の古本の値段で手に入れたものとしては、十分価値がある本である。
さて、それを見ながらいろいろ考えたのだが、あれだけの画像があれば、私だったらもう少し「当時の姿」を見やすい形で復元できるのになぁ・・・と少し残念に思えた。
ただし、それはあの画像があればこそ可能だということで、実はその本のあとがきに撮影風景が載っており、狭い石棺内で100%に近い湿度の元、そして動きにくい状態であの写真を撮ることがいかに困難であるかは、同業者として痛いほど私にもわかる。
だからこそ・・
私だったらやりたくない仕事である。
仮にその画像を借りることができればの話である。
さて、保存財団へ伺い、その帰りに「壁画館」を見学してきた。
その壁画館の内部は、ネットでみて、なんとなく解っているものの、一番知りたかったのはそこに収められている「壁画の画像」が、「模写」なのか、あるいは「写真画像」なのか?
どうも「模写」らしいという話を聞いて、現場の壁画を見たのだが・・・
まぁ・・・よくここまでシミや漆喰のはがれなどを忠実に描けるものだと、変に感心して見せてもらった。
面白いことに、そこには石棺内部として再現されているコーナーもあるし、入り口付近には「同じ材質」で再現された画像や、「現状の模写」とその半対面には「一部復元模写」と4つも同じ壁画が入っていた。
描いた絵描きも大変だったろうと、つくづく思う。
で、私の専門である「一部復元模写」の画像と「現状模写」の画像を比較したのだが・・・・
若干見やすくなって入るものの、ほとんど変わらないというのが正直な感想であった。
これはどういうことかというと・・・・
今だから、「デジタル技術」を駆使して「科学調査」された画像が、「豪華本」には載っているものの、実は高松塚の壁画が発見されて30年を超えているらしく、その「壁画館」は発見当時に作られているものの様であった。
当時、の技術では、カラー画像の撮影と、もうひとつ「赤外線画像」の撮影がなされたに過ぎないらしい・・・
ただ、もっと大事なことなのだが、一言で「赤外線画像」というけど、実は「フイルム」として記録できるのはせいぜい「
750nm」前後までである。
ちょっと一般の人にはわかりにくい話なのだが、実は今のデジタルカメラではそれ以上の赤外域を撮影することが可能であり、先日私も「960nm」以下をカットした赤外線画像の撮影を行い、見事その画像から墨文字の復元を成功させた。
じゃ、750nmと960nmとは画像として何が違うか?という問題なのだが、波長が長くなるほど「目に見える情報」が少なくなることを意味する。
言い換えれば、シミや汚れなどがどんどん薄くなり、必要である「墨文字」はそのまま再現されるから、結果として制作当時の姿に近づくことを意味する。
あぁ、話が反れてしまったが、当時の750nmの赤外線画像は当然白黒画像であり、それで得られた情報を「絵師」の方が「模写」として「カラー画像」上に生かすことは、ほとんど不可能であったと思われ、結果として「大差のない」一部復元画像模写となったのではないかと思われた。
それはさておき、もし予算があり、豪華本の画像をお借りできれば、もっと当時の姿を再現できた「画像」が創れると私は思い、残念であった・・・