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カメラが笑顔を認識・・・
【カメラが笑顔を認識・・・】
2007年10月06日10:39

この話、17年前の話だけど・・・

もっと未だに理解できないのは、「白黒写真のカラー化」なんよ!!

モノクロ写真にのめり込んでいた「専門家」として言いたいのは、「モノクロ写真」では色は「モノトーン」に置き換えられるんだけど、同じ濃度のグレーだとしても、「違う色」だったりするんよ・・・

それをグレーの濃度だけで色を判断できるはずはないのに・・・

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

最近デジカメはとんでもない方向へ進んでるなぁ・・・
やたらニュースで話題になるけど、カメラが笑顔を認識しシャッターを切る。
いゃ、「切ってくれる」と言う「ありがたい」機能である。

昔々「バカチョンカメラ」と言う言葉が一斉風靡したけど、それもここまで来るかぁ・・・

なんでも「自動」でやってくれて、しかも「判断」までカメラがしてくれる。
ありがたくて、涙が出るわなぁ・・・

みんなは疑問に思わないかもしれないけど、「写真」を記録としても、表現としても使っている僕としては、「主観」がなくなる様に思うよ??

ヒトにはいろんな面があるやん?
それが「喜怒哀楽」であったり、「・・・らしさ」だったりするし、それはそれでいい記録でもあり、思い出でもあるはず・・・

なのに「笑顔がすべて」みたいにカメラが勝手に判断を下すなんて、ぼくチンは許せないなぁ・・オイオイ

数十年後にアルバムを開いたら、「にっこり」の写真ばかりだったらどうする?
また、世の中誰の写真を見ても「ニッコリ」だったら、どこにその人らしさがあるっうの??

なんか、行き過ぎた自動が、世の中を悪い方向へ動かそうとしている。
ただでさえ、頭を使って「自分で考えない」「自分で判断できない」人間バッカなのに・・・
そのバカな「オトナ」をどんどん増やし、そして「バカさ」をどんどん深めているように、へそ曲がりの僕は思う。

くまさん

コメント

私が子供だったころ・・・
【私が子供だったころ・・・】
2007年06月15日12:06

この話、以前にもコメントした人が、僕と養老孟司が似ているという話があったが・・・

僕自身も

解剖学者に学ぶ 養老孟司

https://www2.nec-nexs.com/bizsupli/leader/yoro/

を読むと・・・

確かに似ていると思う。

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先日の夜、自宅でテレビを見ながらうとうとしていたとき、なんか子供時代の思い出話みたいなシーンをやっていて、途中で見始めたんだけど、NHKの「私が子供だったころ」かなぁ・・・・

そんな有名人の子供のころの思い出話を、「再現ドラマ」としてやっていて、その日は「養老孟司」が思い出話を語っていた。

僕はほとんど本を読まないから、彼がいくつもの本を書いていることと、「解剖学者」であることくらいしか知らない。
ただ、以前に彼のドキュメンタリー番組があり、彼が講演のときに「ハローワークののぼりに『貴方に合った仕事が見つかるかもしれない』と有ったが、あれはおかしい・・・」「ヒトは好きなことばかりを仕事としてやるわけにはいかず、仕事の中にはやりたくないものも含めて『仕事』なのであり、自分が仕事にあわせるべきである」てな事を言っている姿があり、そのときに「ああこのヒト、僕と同じようなことを言っているなぁ・・・」と共感を覚えたことがあった。
結構似たような考えを彼はしているみたい・・・

で、先日の子供のころの思い出の中に「記憶の中に自分の姿も一緒にある」てな事を言っていたんだけど、まさに僕もそうなんよね・・・・
自分の姿を「客観視」しているもう一人の僕が居て・・・
そのもう一人の僕の視線で、物事を記憶していたりする。

そして「子供のころは一人で遊ぶものだと思っていて、ぜんぜんさびしいとは思わなかった」らしい・・・
これも良く似てる・・・
僕も友達と遊ぶより、独りで物思いにふけることを好んだし。

そうそう、もうひとつ共通点があった。
「挨拶が子供のときから苦手・・・」
一緒なんよね・・・
今だから僕も人前で話ができるけど、昔はホントに人前で話なんてできなかったし、そして現在でも彼も1000人くらいを前に話はできるけど、それでもいまだに「挨拶」が苦手らしく、そういうところも似ているなぁ・・・

くまさん

コメント

  • 退会したユーザー

    退会したユーザー2007年06月16日 06:02 削除
    挨拶はしないといけません(笑)。
  • くまさん

    くまさん2007年06月16日 12:24 削除
    えろうすんまへん・・・
  • 退会したユーザー

    退会したユーザー2007年06月16日 13:05 削除
    ゞ(TεT;)ブッ
  • くまさん

    くまさん2007年06月16日 13:23 削除
    あぁ、そうそう・・・
    挨拶が苦手ということと、挨拶ができないと言うことは違うよ・・・

    よくいるやん、すれ違い様に見知らぬヒトにも大きな声で挨拶するヒト・・・
    ああいうのとか、ヒトと話をするのが好きなヒトって居るやん??

    僕はそういうのが得意じゃないわけ・・・
    必要最低限度のことしか・・・
    ヒトとのコミュニケーションより、「内なる自分」とのコミュニケーションを大事にするから・・・

    くましゃん

阿弥陀堂だより
【阿弥陀堂だより】
2007年05月28日23:32

実は僕は長野に越してくる前に、何度も「諏訪大社」に関西からお参りに来ていたんだけど・・・

せっかくこんな遠くまで来たのに、他に写真を撮るところはないか?と、カーナビで探したら「阿弥陀堂」と言うのが出てきた。

とはいっても京都から諏訪大社まで300キロくらいなんだけど、阿弥陀堂までさらに100キロほど走ったんだけど、この阿弥陀堂って、本物ではなく「映画のために」建てられたものらしい・・・

再び「阿弥陀堂だより」αビデオ

 

「阿弥陀堂だよりロケ地」

 

に何度も撮りに行ったけど、その場所が「飯山市」だった。

で、結局安い物件があって引っ越したのが「飯山市」なんだけど・・・

引っ越してきて分かったんだけど、ここから数キロしか阿弥陀堂って離れてなかった。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

今日、9時からBSで『阿弥陀堂だより』と言う邦画をやっていた。
NHKの番組のお知らせで、何度も流れていてちょっと気になっていた映画。

中年の夫婦が、夫の実家である長野の山奥の村に移り住み、その自然の四季の風景と村人たちとの交流を描いた映画なんだけど、その『絵』が実に美しい。
日本人の美意識の極地と言うべき映像なんよね・・・
春夏秋冬の自然の移り変わりも綺麗だけど、そこに描かれる人間模様もすばらしい。
ただ最初の頃の、開けっ放しの屋内での会話のシーンに時々小さな虫が映っていて、なんかそれが絵としてマイナスに思えていた。

それが四季が進むに連れて、その時々映る虫が多くなり、やがて秋の夕暮れに舞う、トンボの群れの美しさへと繋がっていたことを、その時に気付いた。

それと、特に美しいと感じたのは、室内の床の間に置かれた花瓶と花・・・・
そう言う場面が3度ほど出てきたんだけど、あの絵の美しさは、日本人にしか解らない感覚だろうなぁ・・・

ホントに絵が美しい映画だと思ったんだけど、同時にそこに描かれている『人生観』もいい・・・
あの映画を見ていると、僕の持っている悩みなんて・・・・

実に小さいなぁ・・・とつくづく感じた。

コメント

  • 退会したユーザー

    退会したユーザー2007年05月29日 16:47 削除
    きっとわたしの悩みもそんな風景には実にちっぽけなことなのだろうなぁ~。
  • くまさん

    くまさん2007年05月29日 16:49 削除
    なんじゃ・・・同時に書き込みしとるなぁ・・・
    ただ、今の僕の悩みはホントは小さくないんだけど、そうでも思わないとやってられなかったりして・・・オイオイ
  • 退会したユーザー

    退会したユーザー2007年05月29日 16:58 削除
    おいどんもですたい。
    オイオイ。
  • さくら

    さくら2007年06月01日 07:50 削除
    わたしもあの映画見たよ
    ロケ長野だったんだよね^^

    悩みは・・・・ねぇ(苦笑)

  • くまさん

    くまさん2007年06月01日 11:24 削除
    あの後、「もがりの森」を見たんだけど・・・
    なんか難しすぎてよう判らんかった。

    「映像」って、僕に言わせると「思想」とか「想い」を詰め込んでも、見る側はしんどいだけなんだけど・・・

サポート窓口の対応
【サポート窓口の対応】
2007年05月26日13:22

ちょっと霊によって、イャ例によってぼやきたくなった。

少し前の話なんだけど、うちはインクジェットプリンターを「キャノン」と「エプソン」を使っているわけ。
その中でも「復元画像」としてはエプソンのプリンターを使っている。

エプソンに関してはすでに何台もの機種を使い継いでいて、その色のよさやクォリティに関しては一目をおいている。
しかし、元々インクジェットプリンターのインクはすぐに変色をしてしまい、保存性はお世辞にもよくなかった。

ところが数年前から特にエプソンは「保存性」の改良を行っていて、現在では「100年~200年」と宣伝していたりする。

しかし、これはまったく変色しないと言うことでもないし、その保存の方法やましては「展示」するとなると、もっと短いのが現実であるが、それにしても一昔前は壁に貼っていたら、ものの数ヶ月で極端に色あせたことを考えれば「格段の進歩」だと思う。

僕はこれはユーザーの需要を考えた「企業努力」だと評価しているわけ・・・
必要は発明の母とか言うけど、、「モノを創る」とは、今までなかったものを作りだすから「創る」と言えると思い、エプソンと言う会社には好感を持っているんだけど・・・

だけど・・・
サポートの対応はお世辞にもいいとはいえない。
と、僕は思うんだけど、世の中の「一般ユーザー」っうか、顧客の90%以上の人間には十分好感を感じられているんだと思う。

まず電話口での担当者の「言葉遣い」などは、非常に丁寧で、一般ユーザーの使い間違いなどに対する対応は「マニュアル化」されていて、それを担当者は検索して、それを読み上げる形をとっている様で、大半のトラブルはそれで片付く。

その大半のトラブルで電話したものには、それで十分だと思うけど、世の中にはそれ以外のトラブルが存在し、僕は自分で考え付くことは自分で試行錯誤しながら片付けるけど、どうしても直らないトラブルがいくつもある。

そういう場合、何度もエプソンのサポート部門に電話を入れているけど、こちらのトラブルに対して一度で直ったためしがない。
どんな世界でもプロの世界は「細分化」されていて、そこだけやたら詳しいが、それ以外はずぶの素人と同じと言う人間だ大半だったりする。

そのサポートの担当者は「サポート」と言う仕事に「特化」されていて、「知識」としてその商品を知ってはいても、普段から仕事としてその商品をつかっているわけじゃないから、知識はあっても「経験」は実は皆無といえるわけ。
つまり、彼らは「知識」っうか「情報」の有無を元にサポートをしていて、前例のないものは実は何も判っていなかったりするわけよね・・・

で「こちらでも同じ状況でテストしてみます」と言って、こちらと同じ状況を作って試してみるというわけよ・・・

でも・・実際には「こちらで試しましたが再現できませんでした」と1週間位して電話を入れてくるのが常なんだけど、でもこちらではそのトラブルは実際に起きているわけよ。

何度もいったんだけど「そちらで再現できないなら、実際にここに来いよ!!」「トラブルはあるんだから、開発技術者にすれば一番ほしい情報なんよ??」といくら言っても無駄なんよ、彼らには・・・
挙句の果てが「そんなサービスは致しておりません」といわれてしまう、たまらんよ・・・
開発技術者は、製品の改良にちなまこになっていても、サポート窓口は「他の部署のことは関係ない」と思っていて、自分たちの未熟のために解決できないトラブルであっても、決して「技術担当部署」に聞こうともしないし、ましてはこちらが「技術者を出せ」と何度言っても一切繋がないわけ・・・

何度も何度もその件でサポート責任者と話をしたけど、まったく改善されない。

頭にきたから、「エプソン販売」ではなく製造元の「セイコーエプソン」の社長宛に「御社サポートに対するクレーム」とはっきり書いて「直訴」してやった。
1週間ほどして、エプソン販売のカスタマサポートの責任者が技術者を伴って、東京から大阪まで飛んできた。

やはり、製造元の社長への直訴は効くと見える。

ただ、つれてきた技術者は開発や修理担当ではなく、あくまでもサポートの技術者らしい。
まぁ、電話口の担当者よりは詳しかった。

そこでいろいろと今までのいきさつを話し、一般的なヒトにはあれで十分であっても、それを超えるトラブルにはちゃんと専門家と繋ぐことを約束させた。

実はネットで調べると「セイコーエプソン」の社長は、技術畑の出身で、対談なんかも僕と同じ事を言っていたりする。
自分の部署の事だけ考えず、隣の部署と協力して改善することを説いていたするわけよ。

そんな社長はどうも「インクジェットの生みの親」と称されている人らしく、先の先を読めるヒトのようである。

うちの仕事と「100年~200年」持つインクの関係をもう一度考えてほしいと、再度社長に手紙を出した。

疑わしきは罰せず・・・・
【疑わしきは罰せず・・・・】
2007年04月04日23:09
たしか、昔・・・
「三権分立」とか、「疑わしきは罰せず」とか、教科書に載っていたよなぁ・・・

昨日の12人の怒れる男たちもそんなんだけど・・
11人は、有罪だと思いこんでいたんだけど、ただ一人「自分が有罪だと言えば、たった5分でヒトの一生が決まってしまう」と言いながら「有罪かも知れない・・」「だけど、違うかも知れない・・・」だから「無罪」だと、彼は一人勇気を出して主張していたわけ。

そうなんよ・・・
「絶対」的な基準が無いとすれば・・・
それは、曖昧であるなら、罰するべきではないと思う。

「情状酌量」って書くのかなあ??
ヒトがヒトを裁けるとしたら・・・・
「同じヒトとしての立場」で裁けるのは「疑わしきは罰せず」じゃないかなぁ・・・
仮に「極刑に処す」とするなら、「解釈次第」であってはいけないし、その判決を下す立場のヒトは、自分に対してもっと厳しくあるべきだと思うよ・・・

コメント

  • さくら

    さくら2007年04月05日 06:05 削除
    おはよう
    だから陪審員制度ができたんだよね?

    職業については裁判官だけの話しじゃないと思う
    先生だって医者だって看護師だって人の人生を左右する職業
    なんだってそういう職業だと思うよ

    皆そういう気持ちで仕事をしていて欲しいものですね
    さくらはそれが怖くて先生になろうとしなかったんだけど(爆

    一番いいのは罪を犯さない社会を作ること
    でもそれって難しいよね・・・
    口だけで犯罪は良くないといっても直るものではないし

    さくらはそう思います

  • くまさん

    くまさん2007年04月05日 08:23 削除
    昨日マイミクになった人も、日記に学校で子供が教師からいじめを受けている事を書いていたけど・・・

    多分みんな「自分は正しい」と思い込んでいるわけよ・・・
    そして、それが世の中の常識だと、その教師も考えていて、間違ったことをしていると言う「自覚」が無いわけ。

    その裏には「正義感」があると思うわけよね。
    でも・・・
    それが一番怖いわけ。
    そんな浅い考えのものが世の中の大半の人間だから、だから「操れる」わけよ・・
    自分が自分の頭で考えたことでなくても、外から「植えつけられた」ものなのに、そのことに気がつかなかったり、それが正義だと誤解していたりする。

    だから、僕は陪審員制度は賛成できないし、「多数決」が正しいとも思わない。
    むしろ「違を唱える」ものこそ大事だと思う。

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