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45年後に知った恩師の「おもい」・・・・・
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昨日、久しぶりに高校の同級生数名と京橋で呑んだ・・・・

何やら、私のブログを密かに読んでいるらしく、「よみがえりマイスター」の話も事前にみんなに行きわたっていたらしい・・・・

連中と呑むのは10年以上ぶりだと思うが、その中の一人が私の書くブログをどうも読んでいるらしく、先日も「恩師・・・
の中でも、

僕は高卒である。
しかも、アホの集まる職業高校の卒業である。
だけど・・・
その高校の美術部は、僕が在籍していた頃、大阪府下の百何十校という高校の中で、ベストテンには入っていた。
元々絵を描くのが好きで、アホだから普通校にはいけないし、そこに「デザインコース」と言うのが新設されて、そこへ入った。
すぐに美術部に入ったんだけど、動機は不純だったと思うよ・・・
早い話が、例えば花瓶に入ったバラの花なんかきれいに描けたら、女の子にもてるだろうなぁ・・・っう程度だったと思ったりする。

 

と、書いているのだが・・・・

そのアホの一人が「あそこはアホのいくところと違うぞ・・・」と、のたもうていた・・・・

いゃ、確かにアホばかりが行くところではないのだが・・・
実は私が1年の時、担任と個人面談の時、担任が席を外した時に、書類を覗いたのだが、そこに「知能指数」が載っていた・・・
そこに私の数字は「135」と出ていたのだが、それがどれくらいのものか?全然わからなかったが、しかしついでに私の前後のものを見ると・・・
私を超える「150」というものがクラスにいた。

彼は色が黒くて、筋肉隆々なのだが、当時からお釜チックなやつだった・・・
別に勉強ができるタイプでもなく、かく言う私も、勉強なんかしないから、行くところがなく、あそこに行かざるを得なかったのだが。どうも知能指数は平均が100なのかなぁ?

私の前後の中には、確かに二ケタ台のものも居た・・・・オイオイ

で、実は当時よく授業を一緒にサボって、梅田の「タイム」というジャズ喫茶に、制服のままよく行っていた女友達が居る。
彼女とは卒業後も、結婚後も良く話をするのだが、今まで彼女から聞いた覚えのない話を昨日は聞いた。

いゃ、私の恩師というのは「味府艶子」先生なのだが、当時すでに小柄ではあるがいつもスラックスをはいて男勝りのおばぁちゃんだった。

そのあとのことは前回の書き込みを読んでもらうとして、実は昨日聞いたのは、その女友達もかなり個性的なやつなのだが、美術の時間に絵をかいていて、その先生が「●●さん、美術部に入らない??」と聞いたという。

彼女曰く、かなり個性的な色で絵をかいていたのか?先生はそれを見て「アンタと親しい大隈君が居るよ・・」と言ったらしいが、そこまでなら何もこんな記事を書かないのだが・・・・

その時、先生は彼女に「大隈君がいるから、私はここの学校にいるけど、彼が卒業したら、ここにいないかもしれない・・・」と言っていたと、その時から45年も経って、彼女は初めてその話を私に聞かせてくれた・・・・

一瞬・・・「えっ・・・・」と思ったのだが、彼女は僕の「恩師」の記事を見ていないのに・・・・・

味府艶子先生は確かに私が卒業していつの間にかその学校を辞めていて、常磐会短大の理事長をされている。

先日私が

で、卒業して数年たったある日「フト」気がついたことがあるわけ・・・
それはその顧問の先生のこと。
ひょっとしたら・・・と思ったんだけど、当時先生がクラブに余り顔を出さなかったのは「自主性」を育てる為・・・
作品を見て、まるで違うことを言ったのは・・・実は「作品なんて、見るヒトによって見え方が違うんですよ」と暗に教えてくれたのでは?
と、気がついた。
高校生の頭では考えられないことだけど、歳とともに、「一言」の重みが違ってくる。

もう一つ先生から当時言われた言葉で「謎の一言」がある。

「絵なんて・・・描かなくっても旨くなりますよ・・・・」

まったく謎であった・・・

だって、当時一生懸命デッサンに励み、いっぱい描くから絵は上達するわけやん??
そう思っていたわけ・・・

でもねぇ・・・ホントはちがうんよ、テクニックがいくら上達しても、ヒトには「感動」は与えられないっう事。
作品って、「自己表現」でしょう?
早い話が、表現すべき事故の・・またちごた、「表現すべき自己の質」なんよね、大事なのは・・・
言い換えれば、ヒトの「ナカミ」の問題だと言うこと。
それは何も絵をかかなくったって、色々なものから学べるし、その結果が絵に出るわけ・・・

さっきの「絵なんて、見るヒトによって色々変わりますよ」ということも、まさに「人生そのもの」だったわけ・・・
同じ一つのことを取ってみても「受け取り方」が違えば、結果も違う・・・
で、ぼくはそのとき学んだのは、作品は「思い入れを詰め込む」モノじゃないと言うこと。
いくら自分の思いを詰め込んでも、決して相手に伝わるものじゃない・・・

じゃ、作品って何なの??と考えると「客観視」だと思ったりする。

自分で作った作品を「第三者の目」で見てみること・・・
すると、思い入れの詰まったものは、見ていてしんどい・・・

でも、「いろんな受け取り方」が出来るくらいさらりとしたものほど、見ているヒトは自分なりにイメージを膨らませることが出来る。
逆にその感想を聞いて「なるほど・・・」と自分自身にフィールドバックするわけ、僕は・・・

そう言う先生の一言が僕を変えたと思う。

で、その先生と僕が30歳を過ぎてから、仕事の件でお付き合いを再開したことがある。

僕が高校時代でもすでにおばあちゃんだったけど、その当時その先生は大阪の私立短大の理事長をされていた。
もう70歳は過ぎていたと思う・・・
その先生に、僕は言ったわけ・・・
「先生から、昔こんなことを言われました」とさっきの話をしたら・・・

その先生、なんと返したと思う??
僕はそれを聞いてさすがだと思った。僕が恩師と仰ぐヒトだと思った。

「そんなこと、ありましたっけ・・・」

ただそれだけ・・・
この一言の重みは解かるヒトにしか解からないわけ・・・

実はその先生、当時高校では美術を教えて、夜間にその短大で「哲学」を教えていたわけ・・・
そう言う裏地を持ったヒトだから、言えたんだよね・・・

けっして「やっと解かりましたか?」ではなく、「それは、貴方の受け取り方なんですよ・・・」と言う言葉が裏にあるわけ・・・

 

と、書いているのだが、これは私が先生に確かめたわけではなく、私が勝手にそう「受け取って」いるだけの話なのだが・・・・

しかし昨日の話から、その先生がやはり私のことをちゃんと見抜いて、高校生の私に接しておられたことを、初めて知った。

まさに45年経って初めて解った「先生のおもい」であった。

そして、まさに互いの「おもい」はシンクロニシティしていたわけだ・・・・


(資)文化財復元センター  おおくま

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