これも、ずいぶん以前の話である。
ある神社に奉納されていた「蒔絵」で描かれたと思われる絵馬である。
現状はすでに描かれたものはほとんど消え、わずかにその痕跡が確認できる状態である。
さすがに赤外線は役に立たず、当時はデジタルカメラの画質は現在ほど高くなかったので、大型カメラを用いて撮った画像を、 フィルムスキャナーで取り込んだ。
モニター上で拡大し、線を1本1本、タブレットを使って書き起こしていった。
現状画像 | 復元画像 |
当時としては精いっぱいの技術であったが、タブレットで書き起こした線は滑らかにつながらず、結果として鶏の羽を描いた線は、ずいぶんと間隔がまばらとなった。
当然蒔絵を描くほどの職人がそんな下手なはずもなく、今から見ると、穴があったら入りたい心境である。
その後試行錯誤を繰り返し、文字の書き起こしも同じであるが、線画がずいぶん滑らかに描けるようになり、そこに込められた「作者の思い」がより復元できるようになった。
蒔絵の絵馬の拡大画像 | 虚空蔵菩薩像の拡大画像 |
これもずいぶん以前のものである。
これはNHKで取り上げられた後の作業であるが、よく茶碗の箱には「裏書」というものがある。
それが真贋判定の一つの手がかりとなる。
この箱には「瀬戸黒茶碗」が入っているとのこと。
現状では、和紙にちりばめられた銀の短冊が黒化してしまい、そこに書かれた文字がまったく読めない。
今までは、薄れて読めなくなったものを復元することが多かった。
しかし今回は、「黒の分離」という難しい課題である。
ずいぶん古いコマーシャルに「闇夜のカラスは映りません」というのがあったが、一般的に写真の世界でもそれは言える。
それは、アナログの写真フイルムには「特性曲線」と言われるものが存在し、今のデジタル画像ほど、白から黒までの「諧調」が等しくなかった。
つまり「S字型曲線」と言われ、ハイライトの部分と、シャドーの部分は、諧調が出し にくかった。
ところが、モノクロフイルムの超絶技法に「ゾーンシステム」というものがあり、その写真の諧調を思い通りにコントロールする技がある。
一時、その技術に凝った時期があり、それを応用して、「黒の中の黒」つまり、墨の黒と、銀の黒化した黒を分離させた。
現状画像 | 復元画像 |
これも古い話である。
復元技術の中に「蛍光撮影」というものがあると述べたが、本来「蛍光」とは、ある物質に紫外線を当てると、その物質が光を発することがあり、それを蛍光と呼ぶのだが、近年、紫外線は物質を劣化させる恐れがあり、文化財の世界では嫌われる。
そこで、紫外線を使わなくても、「可視光域」の特殊な波長と 、ある種のフィルターを用いることで「蛍光作用」を記録できることがある。
これは文化財ではないが、ある大手飲料水メーカーの古い領収書で、書かれていた文字はまったく見えなくなっている。
しかし、会社としては何の領収書なのかを知りたいという。
いろいろ試したが、結局「可視光域内蛍光撮影法」で文字が読めた。
昭和49年発行の「100,000円」の領収書であった。
余談であるが、この復元のために頂いた費用も、同じ金額だった。
ノーカーボン領収書の消えた文字 | ノーカーボン領収書の復元された文字 |
NHKの年末の特別企画「丘の上の雲」も 今年で3年目となる。
その登場人物の一人が、正岡子規である。
奈良にご子孫が居られ、資料を持っておられるが、写真アルバムの中に「正岡子規が愛した女性」ではないかと話題になった写真がある。
ところが名前がわからない。
しかし、そのアルバムの写真の横には写真の説明と思われる紙片が貼ってあった。
ところが当時インクで書かれたものだから、すでに文字が薄れていて読めない。
ということで、その人物を特定すべく、その紙片の文字の復元を試みた。
いろんな方法を試行錯誤で試したが、結果として「可視光域蛍光撮影」で文字が見えた。
この撮影法は、NHKの「源氏物語絵巻の復元」のシリーズでも用いられていたが、紫外線の効果と似たところがあり、インクや染料で書かれたものが蛍光を発することが多い。
で、文字は読めたものの・・・
果たしてそれがその女性の名前だろうか?
ちょっと違和感が残る。
どうも、アルバムの違う写真から剥がれ落ち、別の人がそこに貼っていたのではないだろうか?
アルバムに貼られていた紙片 | 復元した紙片 |
今年の話題である。
この技術はもともと警察の鑑識などでも用いられてきたもの。
数か月前に、ある問い合わせメールが入った。
消費者金融の裁判関係の担当者らしく、先ほどの「領収書の復元」を、ネットで検索中に偶然見つけたとのこと。
つまり、彼は「過払い請求訴訟」を起こされている会社の担当者で、証拠として「契約書」を裁判官に提出するのだが、その直筆のサイン部分が、領収書と同じで、完全に消えたものがあり、それは証拠として受け取られないとのこと。
契約は、一人に対し「複数」存在し、それを証明するには、契約書が要るが、サインが消えていると、裁判官は「契約は一つ」として、過払い金額が算定されるらしい。
そうすると、返還金額が百数十万違ってくるという。
その契約書は「ノンカーボン紙」と呼ばれ、数十年前から金融機関や、 行政で用いられてきたが、保存が悪いと文字は消えてしまう。
その契約書を無事復元し、裁判で採用され、結果として、 百数十万円、返還額が減ったという。
それを見せたいが「個人情報」で見せられない。
そこで、その技術を紹介するために「見本画像」をいくつか作った。
ノーカーボンの消えた文字 | ノーカーボンの復元された文字 |
インク消しで改ざんされた領収書 | インク消しの改ざん跡 |
書きなぐられたはがき | 復元された朱文字 |