- 【ナカミってなんなんだろう・・・・】
- 2006年06月01日10:48
この話も中身が濃いよぉ・・・・
しっかしぃ・・・いつも思うんだけど、文章がうまいよね・・・いゃホンマ
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以前に恩師の話で「絵なんか描かなくっても旨くなりますよ」といわれた話。
ナカミが成長すれば・・・・なんてかっこいいことを言ったんだけど、だけどどうなんだろう?
じゃ、「ナカミ」って、一体なに??実は僕は長年写真を趣味とシゴトとしながらも、一度も「写真教育」を受けたこともなければ、弟子に就いた事もない。
まったくの「独学」である。元々書いた様に「絵を描いて」いた訳だけど、実は美大を目指したものの、貧乏だから私立には行けない・・・
どうせなら、東京芸大か京都美大にでもと、デッサンに励んだけど、やはり学科がねぇ・・・馬鹿だもんなぁ・・・で、結局諦めて就職したんだけど、でもやはり絵は止められず、夕方デッサンを習っていた教室に通ってた。
でもねぇ・・・
こんな性格だから、「理屈」っうか「感覚」はどんどん成長するわけ・・・
だけど、手がついてこなくなるわけよ・・・・で、その頃・・・・
高校時代に友達が写真部に入っていて、それを見ていたわけだけど、写真ってデッサン力なんて要らないやん??
「押せば写る」わけよ、画像としては・・・・
実は就職を考えたときに、写真学校でも行ってカメラマンになりたかったんだけど、やはり学費もカメラを買う金も無いから諦めた。で、就職して自分で稼ぐようになると、その夢がまた目を覚ました。
「そうだ、写真なら・・・・」と思ったわけ・・・俗にこれを「隣の芝生は蒼い」と言う。
たまたま、就職したところが設計事務所で、現場写真を出しに行く「写真屋のおっちゃん」が話し好きのヒトだったから、その人に疑問に思うことは教えてもらった。
ただ、僕のやり方は、最初から答をヒトに教えてもらうのではなく、まず「自分で考える」それでも解からない場合は「自分で調べる」そして「自分でやってみる」つまり、「試行錯誤」が一番大事だと思う。
それでもどうしても解からない場合、初めて「ヒトに聞く」。だから、僕にとっての答と他のヒトが出した答は、違っていて当たり前だと思う。
そうやって、僕は「自分が納得」出来るまで追求する訳なんだけど、実は写真を始めたときに、自分に対して一つ課題を与えた。
「1年以内に賞金を稼ぐ」と言う。
当時はアマチュアコンテストが盛んで、賞金も少しあった。
僕は半年で「トッパン・カレンダーコンテスト」に佳作が2点入り、賞金を得た。それから、結構最初の頃はコンテストを色々狙った。
お受験もそうだけど、コンテストだって「傾向と対策」が必要。
最高5万円貰ったこともある。そんなアマチュア時代を経験して、転職した「町の写真館」に・・・
それから僕は色々渡り歩いた。何の世界も同じかもしれないけど、「専門化」が進めば進むほど、そのジャンルは詳しいけど、隣のジャンルは素人と同じと言うヒトが増える。
元々、写真を撮るのが好きでみんなプロになるんだけど、でもねぇ・・・・
大半のヒトはそこで「初心」を忘れる。プロの世界っうても、みんなが考えるほど「好きなこと」で飯を食っているわけではなく、好きなことをする為に得た技術を、相手が求める画像を作るために切り売りしているわけ・・・
つまり「技術」が金になる。
で、例えば同じ職場に長年いれば、当然そこでは「ベテラン」だけど、逆にそこを辞めると潰しが利かなかったりする。
早い話が、ニンゲンなんて、同じことばかりやっていたり、肩書きが出来ると、固まってしまうわけ。
歳を取ってくると「融通」が利かなくなったり、新しいことを覚えられなくなるヒトが多い。
そんなヒトを雇うより、まだ若いヒトを入れて教えたほうが安くつく。
だから20代後半や30代になると、ベテランでも再就職できなくなる。
だから「フリーカメラマン」が増える。あぁ、「初心を忘れる」とは、シゴトとしての写真の世界は、結構労働条件が過酷なんよ・・・
9時10時は当たり前の世界だったりして、結局「休みの日くらいはゆっくりしたい」と思うようになり、作品を撮らなくなるわけよね、みんな・・・そう言う時代を僕も経験したあと、「モノクロ写真」にのめり込む訳です。
で、こだわりくまらいおんだから、「ゾーンシステム」を始めた。
当時はまだゾーンシステムは日本では普及していなかったから、なおさら「試行錯誤」でデーターを蓄積したりして、数年のめり込んでいた。
その間、僕は「極める」つもりで、ホントに些細なことでも拘ってやってきたけど、結局「切がない」と言うか「理屈道理には行かない」という事に、そろそろ気がついてきた。それまで結構ニフティでは、モノクロの技術的なアドバイスをやっていたら、今度はそう言うモノクロこだわりメンバーが増え出した。
でも、連中は「アンセル・アダムス」は教祖だと思っている。そう言う連中を見ていると、今度は逆に僕は「写真は技術じゃない、ナカミだ」と言い出すようになった。
早い話が「へんこつ」に過ぎないわけである。そのころからかなぁ・・・「写真はナカミ」だと自分でも考えるようになったのは・・・
でも、これといってハッキリした答なんて見つからない・・・
で、僕は学習機能が働くから「時間の無駄」はしたくないと考えているニンゲンなんよ・・・
無駄なことに時間を割きたくないと思う、だってやりたい事が山ほどあって、寄り道は無駄だと思って、一生懸命技術研磨に励んでいた、そんな人生なんよね・・・でもねぇ・・・
最近はちょっと考え方が変わった。良く「女遊びは芸の肥やし」なんて言うでしょう?
僕には理解できないわけ、いゃそれ以上に「むしのいい話」だと思ってしまう。そんなもの、なんで「芸」にプラスになるの??と思うよね・・・
離婚して数年が経ったある日、神社で七五三の撮影待ちでのんびり風の音を聞いていたら、妙に「雅楽」が聴きたくなった。
本来僕は嫌いなの、あの音程が外れたようで、背中にこそばゆくて、あんな間の伸びたようなテンポが・・・・なのに、その時は、やけに聴きたく思った。
帰りに東儀 秀樹のCDを買って帰って何度も聴いた。するとねぇ・・・・
涙が出てきたわけよ・・・何と言うか、あのゆったりとしたテンポが、その時の僕の心に沁みた。
実はその時、当時付き合っていた女性のことで悩んでいたんだけど、その時、僕はその嫌いなはずの雅楽が、やけに「心地いい」と感じていたわけよね・・・で、フトその時気がついた・・・
実はこの「心地よさ」と「ゆったりしたテンポ」って、実は別れた嫁さんと同じなのに・・・
そう、嫁さんは今で言う「癒し系」の典型で、一緒にいて苦痛を感じることがながった「はず」なのに、僕は同時に彼女の「生活テンポ」についていけなかった。
なにをさせてもヒトの2倍はおろか、3倍の時間が掛かる。
僕にはその時間が無駄としか思えなかったわけよね・・・だから、何とかそこを僕は直そうとしていた。
最初は易しく言うけど、学習機能がほとんど働かない女房はまた同じことを繰り返す。
すると、僕は今度はもう少しきつい言い方をするよね・・・
そして次にはもっときつく言うようになる・・・
そのうち、女房は直すんじゃなく「貝」になるわけ・・・
閉ざしてしまうわけ、心を・・・それが原因の一つで別れたんだけど、僕は東儀 秀樹の音楽を聴いて初めて、そんな「嫁さんの気持ち」が解かったような気がした。
ヒトはいいところでも「慣れ」て来ると、それは「当然」だと錯覚するようになるよね・・・
そして、悪いところを直せば「もっとよくなる」と僕は考えていたんだけど、それが逆に「嫁さんの気持ち」を無視していたと言うか、「理解しようとしていなかった」事に気がついた。そう、物事は立場が違うと、まるで違った受け取り方が出来る。
で、僕は嫁さんに悪いことをしていたことに気がついた。
ただ、その気持ちは「次のパートナー」に活かそうと考えた。
ヒトの「ナカミ」って実はそう言うものじゃないかと思う・・・
一見「無駄なような時間」だったり「回り道」だと思えても、それは決してその人にとって「無意味」じゃない・・・
それが、その人を育てる肥やしになることに、最近気がついた。くまさん
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