復元の仕事を初めて間がないころ、直接受けた仕事ではなく、紹介された修復業者の下請けとして、赤穂八幡宮に伝わる絵馬を復元した。
後日、関西テレビの夕方のニュースの特集として取り上げて頂いた中に、この絵馬は入っており、神社には「大石 内蔵助が書いた絵馬」との記録があるらしく、宮司さんは確かめようと依頼されたとの事。
また復元の仕事を初めて 間がないころで、試行錯誤も本当に初期段階で、今見ると、間違いもある。
絵柄としては老僧と子供たちがじゃれ遊ぶようなものであるが、たぶん何かの故事によるものだろう。
実は数年後に、枚方市の「鍵屋資料館」に同じ内容の絵を見つけたことがある。
左右に文字が書かれていたが、当時はそんな文字すら読めず、遮光を当て、読み取れる影をなぞっていくと、あんな形になったが、どうも誤字が多いように思う。
また左に「満治二」という文字があったが、意味すら分からずに復元すると、その神社の宮司さんは博識のある方らしく「大石内蔵助は満治二年」の生まれとの事。
復元の結果は、本人が描いたものではなく、大石家が内蔵助の誕生を祝い、奉納したものではないか?という話に変わってきた。
それでも大石内蔵助ゆかりの絵馬であることは証明された。
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