1999年の作品らしい・・・
当時私はテレビだか、ビデオで見た記憶がある。
かなりヒットした作品で、食い入るように話の展開を見ていた記憶がある。
そして最後の大ドンデンカエシに思わず当時鳥肌が立った・・・・
久しぶりに U-NEXTでこの作品を見つけ、また見てみた。
ただ今回見ていて、あまり引き込まれることも無く、最後のドンデンガエシも今見ると・・・・
ストーリの展開があまりにもゆっくりしているし、何となく間延びしているようにも思えてくる。
しかし何故そう感じるのか?と言う問題であるが、この映画が上映されて間もない時期に、私は復元の仕事を始めた。
何度も書いているのだが、当時いくつもの不思議な経験をして、それらに導かれるようにしてこの仕事を始めている。
ただ、当時そういう「自覚」はまだなかったと思う。
だから、こういう霊的な話についての知識もなく、シックスセンスまさに「第六巻」、もとい「第六感」と言うものに興味がある程度だった。
しかるにその後は、「目に見えない世界」の存在をイヤと言うほど体験させられているので、そういう世界を肯定はしないが、「否定はできない」と言う風に自分自身も変わってきた。
かと言って、私に霊感があり、この主人公の少年のように「見える」とか「聞こえる」とか「対話ができる」様な能力は備わっていない様で、ただ私は「感じる」と言う形で、何となくわかることがある。
で、「幻臭」と言う言葉をご存じだろうか?
幻覚と言う言葉はご存じたと思うが、本来見えないものが見えるのを幻覚と言い、におわないものが匂うのを幻臭と言う。
私はずいぶん以前から諏訪大社や宗像大社に車で行っているのだが、当時夜中に高速を飛ばして眠くならないように、東技秀樹の音楽をボリームを上げながら走っていると、時々何やら「きなくさい」匂いがすることがあった。
つまり何やら車にトラブルでも発生しているのかと気になり、サービスエリアで車を降り、ぐるりと見ても何も異常はない。
そんな経験が何度かあるのだが、それがいずれ、室内や仕事場でも何やら同じような「きなくさい」匂いがする事がたびたびあった。
どうも同じ匂いなのだが、当時仕事場に二人の女性スタッフが居たので、彼女たちに匂わないかと尋ねても、何も匂わないと言う。
最近はその匂いも余りかぐことも無くなったが、ある時ネットで調べると、何やら霊的なことと関わりがあるようなことを書かれていた。
それからは、その匂いがするときには、「目に見えない存在」が近くにいるものと私は受け取るようになった。
話をこの作品に戻すが、この精神科医は自分が死んだと言う「自覚」が無かった。
何事もそうなのだが「自覚」することは、みんなが考える以上に大事なことなのだと思う。
私は不思議な出来事を不思議だと「自覚」しているが、巷の人々は自覚を持たないから、そういう経験をしても、全く気が付かない人が多い。
日常の出来事を意識を変えてみてみれば、随分とありえないことも多いはず・・・
(資)文化財復元センター おおくま
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