ちょっとネットのニュースで文化財がらみを検索してみた。
すると早速YAHOOのニュースに「叩き割られた故宮のガラス「建国以前」のものと判明=中国」というのをみつけた。
わたしも数年前に北京へ行き、いくつかの文化遺産を見て回り、故宮にも行った。
中国は文化財そのものにはあまり「保護」というか、お金をかけることはせずに、単に観光資源として、中国の物価からするとかなり高い入場料を取る。
にもかかわらずこのニュースでは「故宮博物院の単霽翔院長は5日、取材の記者に対して状況を説明した。同博物院には「文化財の保護」と「一般大衆への公開」というジレンマが生じていることも、率直に認めた。」とある。
ガラス1枚であっても、勝手に入れ替えられないという。
この文化財の保護と、一般公開は日本においても相容れない問題とされる。
特に京都においては有名社寺の襖絵などが、レプリカに置き換えられ公開されている。
もちろんそうすることで、文化財は保護されるのだが、果たしてそれで拝観者は不満を抱かないだろうかという疑問が残る。
日本の文化財保護の考え方からすれば、保護が優先されるのであろうが、私は違う考え方を持つ。
つまり、私だけの持論だろうが、世の中に文化財として作られたものなど存在しない。
つまり後世になり、その「文化的価値」が認められ、文化財と呼ばれる。
その価値のある文化財そのものを、できるだけ長く保存しようとする考え方にわたしも異論を唱えようとは思わない。
しかし、いくらその物質としての文化財が長生きしようとも、肝心な「人の目」に触れない状態で長生きさせることは、本来の作者の意図するものではないように思うが、あなたはいかか思われているだろうか?
(資)文化財復元センター おおくま
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