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ガンジー・U-NEXT

1982年の作品である。

つまりすでに35年前のハリウッドの作品であるが・・・

わたしには、この作品について、深い思い出がある。

当時、私は仕事としてではなく「ライフワーク」として、舞台写真を撮っていた。

と言っても演劇の写真ではなく、「舞踊・舞踏」の類なのだが、私には一つのテーマが有った。

それは単に踊り手の「記録」としての写真ではなく、「人間の体が創るフォルムとしての美しさ」を追及していた。

つまり、あらゆる踊りの写真を撮っていたのだが、特に「民族舞踊」の類は、いろいろと撮った。

その一つに「インド舞踊」も含まれており、京都には当時「バサンタムラインド舞踊研究所」と言うのが有り、そこに印度人と日本人のハーフで「シャクティ」という、舞踊家が居た。

カノジョの写真を撮りたいが、生憎伝手が無い・・・

で、当時天王寺に「弘雄介」と言う、シタールの奏者が居た。

彼はなんとラビ・シャンカールの愛弟子であった。

ラビシャンカールと言えば、ビートルズも傾倒し、当時「バングラディシュ難民救済コンサート」と言う映画でも知られる、印度の最高位のシタール奏者であるが、彼は各国に一人しか弟子を取らないと言う。

そのニッポン人のたった一人の弟子が、弘さんなのだが、彼はいろんなジャンルの芸術家ともセッションをしていて、能の囃子方の大蔵流の、二人の息子や、宮城道雄の弟子であった、盲目の邦楽の作曲家の作品を、NHKで録音するときにも、写真を撮ったし、この「ガンジー」が封切られたとき、開演前に、彼の「インド音楽」の演奏が有り、それも当時撮っている。

既に35年前の話しであるが、この映画その後何度も見ている。

で、今回有料のネット配信で見たのだが、なんと音楽は弘さんの師匠である「ラビ・シャンカール」が担当しているらしい。

最近はラビ・シャンカールの娘がシタールを演奏していることを知った。

で、肝心な映画の話なのだが、まず初めの部分で「この映画をMコタリ氏、マウントバッケン伯およびP・ネール氏に捧ぐ」そして「その激励と不断の擁護によりこの映画は完成した」さらに「他人の人生は一口には語りつくせない」「毎年の出来事」「生涯に出会った人々」「すべてを克明に記述できない」「ただ」その精神において記録に忠実に描き」「その人の心をうかがい知るのみである」と記された言葉から始まるのだが・・・・

この言葉の意味するものは、単にハリウッド映画であっても、娯楽として創られたものではなく、多少の誇張は有ろうと、事実に基づくものだと思われる。

この映画、ガンジーが暗殺されるところから始まるのだが・・・・

過去に私はこの映画を何度も見ている。

しかし、その都度、自分の精神レベルにおいて、受け取り方は随分違っていたと思う。

またこの映画が封切られた当時、私も30歳になりたてだと思うが、ガンジーの「無抵抗主義」というのが理解できなかった。

その後、歳を経るなりの受け取り方の違いは有れど、先ほどこの3時間に及ぶ大作を見た時、やっと64才にして、彼の言わんとすることが理解できた。

とはいえ、私も彼ほど「無抵抗」で有ることが、最大の武器であるという事は、頭では理解できても、まだまだ「目には目を」という、気持ちは完全には消えていない。

ただ、「いま」地球は大きく変わろうとしていて、3次元から5次元への次元上昇中だと言う。

次元上昇するという事は、要するに人々の「意識」があがることを意味する。

意識があがるとはどういう事か?

今まで、物事を悲観的に考えたり、楽観的に考えたり、ヒトそれぞれ受け取り方が違う。

しかし、次元があがれば「悲観的」な考え方が消滅するらしい・・・・

そして、否定的な考え方も無くなり、悪に対しても「許し」と言う考え方が、主流になると言う。

つまり、ガンジーの考え方やマンデラの考え方こそ、高次元の「意識」の有り方だと言う。

宇宙の「意識」の有り方も、実は彼らの考え方こそ、見本とすべきものであり、これから始まる新しい地球上の人類の生活の見本となるべき人であろうと思う。

(資)文化財復元センター おおくま


石上神宮

石上神宮は、ハリー山科氏の動画「皆神山の謎」のシリーズで取り上げられていたので知ったのだが、大神神社の近くにあるらしく、寄ったのは2度目なのだが、大神神社は結構規模も大きいし、お金もかかっているのが判るが、こちらはそれに引き替え、こじんまりとして、質素な雰囲気で、昨日も朝の8時ごろに到着すると、神官の人たちが、ぞうきんがけをしていた。

写真には無いが、ココは境内にニワトリを放し飼いにしていて、朝は特に鳴き声がにぎやかである。

場所は天理市で、駐車場から何やら瓦葺きなのだが、ちょっと変わった建物がいくつか目に入ったが、それは天理教の本部らしい・・・

昔から、霊山やこういう古くからの神社の周りに、「新興宗教」が本部を構えると言うが・・・・

正にそういう場所だと思う。

(資)文化財復元センター おおくま


   

 


   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 

大神神社

大神神社はこの仕事の守り神の一つで、遠くの諏訪大社と宗像大社には、年に数回は足を運びエネルギーを貰って帰る。

しかし、比較的近い「大神神社」へは、年に一度行けばよい方で、しかも写真はあまり撮っていない。

最近、地球の改革が始まったらしく、そわそわしていて落ち着かない。

諏訪と宗像へは今年、すでに2度行っている。

で、昨日夜中の3時過ぎにけいはんなの仕事場を出て、奈良の大神神社へ行ってきた。

今回ははっきりと撮影が目的であるが、ココへはいつも夜が明ける前に到着し、明るくなってから参っているのだが、鳥居のあとに灯篭が並んでいて、そこに明かりがともっている時間帯だと、とても幽玄の世界を味わえる。

で、拝殿に行く前にいくつかの小さな社があるのだが、バツイチの私はそこの一つで、縁結びの神様にいつも寄っていたのだが、数年前に「瀬尾律姫」の社があることを知り、そこにも寄っている。

(資)文化財復元センター おおくま


   
 

 


 

 
 

神々の棲家

高千穂の近くにあり、夜中でもない限り、通るときは必ず寄り写真を撮っている。

毎度毎度、飽きずに撮るものだなぁ?と呆れられるだろうが、今回は久しぶりに「赤外線撮影」を試みた。

以前にも赤外で撮ってはいるが、今回はHDRと呼ばれる、露出を変えて撮った複数の写真から、諧調の幅の広い画像を創りだすやり方で撮ってみた。

独特のトーンとなった。

復元の仕事で、赤外線撮影をするのだが、35ミリ用のレンズには「ヘリコイド」と言って、ピントを合わせる機構が付いているが、どうもこれが原因で、赤外線撮影に35ミリ用のレンズで撮ると、真ん中に円形の光源ムラが出やすくなる。

これは普通のカラー撮影では出ないものだが、今回のように絞りを絞ってパンフォーカスの写真を撮ると、特にそれが目立つ。

HDR画像の制作時にいろいろと目立たなくはしているが、ソレでもなくなったりしない。

最後はPhotoshop で焼きこみを入れて、あまり目立たなくはしている。

(資)文化財復元センター おおくま


   
   
   
   
   
   
   
   
   
   

 


 
   
 

フラガール

私は好んで何度も見る作品が、何本もある。

「阿弥陀堂だより」「60歳からのラブレター」「おくりびと」そして「フラガール」・・・

もちろん別格として「海猿」のシリーズは、配信サイトでは見かけないので、一式DVDを買ってある・・・

で、何故何度もこれらを好んでみるのか?

それは「こころ」を整え、「前向き」に気持ちをさせてくれる。

ナカミそのものは、決して明るいばかりの話しじゃない・・・

だけど・・・

そこには、特に日本人の好む「情」が描かれている。

そこに心を打たれ、気持ちを洗い・・・

そしてピュアな気持ちに戻してくれる。

私は、心は「ピュア」で有るべきだと思っていて、よく精神世界では「波動をあげる」と言うが、量子力学の世界では、物質も光や音や、そして人間の気持ちもすべては「波動」だと言われる。

しかしながら、そんな波動を我々の五感では感じることはできない。

それをもし人が何となく理解できるとしたら・・・

それは「意識」と言う言葉だと思う。

そう・・・

意識には明らかに高低が存在する。

低いものほど、俗っぽく「欲」まみれであり、高い意識ほど、神のごとく穢れなく、欲から遠い存在だと思う。

そういう「意識」の工程を考えた時、人は意識して、自分の意識をあげたり・下げたりできる。

俗っぽいものから遠ざかり、欲どおしい事を考えず、もっと純粋な「意識」・・・

それが高次元の意識だと思う。

そういう意識を自ら身に付けるには、こういう作品や本を読み「感動」するのがいちばんだと思う。

(資)文化財復元センター おおくま

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