【覚醒夢】
綾はよく夢を見るのかな?
夢の中でも「覚醒夢」と呼ばれるものがあることを知っているかな??
僕はその「覚醒夢」をよく見るのだが、寝ながら夢を見ているのに、どういうわけかその見ている夢を、「これは夢なんだ」と確かめているもう一人の僕が居るわけ・・・
つまり、それを確かめている僕は、少なくても意識は目覚めていて、その確かめている僕は、これから進む「夢」の進行状態が、「事前」に解かっているみたいで、その予測したとおりに夢は進むんよ、マジで・・・
つまり、フッーの夢と明らかに違うのは、「夢の進行」を自分でコントロールできているわけ!!
それともう一つの特徴は、夢なのに、どういうわけか「感覚的」に、それが「現実以上にリアル」に感じているわけ・・・
若いころ、僕は友達と夢の話をしたんだけど、夢ってモノクロ??
一般的にそうだと言われているけど、その時僕は確かに「真っ赤な夕焼け」の夢を見たんよね?
しかもその赤色がとてもきれいで、ずっと記憶に残っているし、またそのころかなぁ・・・
どういうわけか、夢の中で空を飛んでいて、それが突然「落下」し始めた感覚を夢なのに、リアルに感じていて、ハッとして目が覚めた・・・
で、ここ最近と言うか、10年位前からなんだけど、ある「古神道」の体験会に参加して帰った夜、夢の中でなにか長い廊下のようなところを歩いていたのだが、奥の部屋の襖をあけると、布団に誰かが寝ている・・・
近づいてその顔を見ると、なんともうひとりの自分がそこに寝ていた。
それを見ているのが自分自身なのだから、当然寝ている私は「偽物」のはず・・・・
そう思い、その寝ている偽物をたたき起こし、思いっきり顔を叩いた。
すると、確かに自分の手に「痛み」を感じた。
つまり寝ているもう一人の私は幻ではなく、肉体をもっていた。
と言う話やその夢の中でどういう展開からか、自分が何やら川なのか?水の流れのある中で下半身だけ浸かっている状態なのだが、浸かっているのに何やら海水パンツなのか、白い下着のパンツをはいているのでないらしく。
そのパンツの中に、真っ黒なウンコのようなものが、いっぱい溜まっていて、それを水の流れの中で洗い流しているような変な夢を見た。
でも決して汚いと言う感じはしなかった。
当時、ネットで検索すると、ウンコの夢は大金が手に入るとあったので、喜んで待っていたのだが・・・・・
一向にそんな兆しはなかった。
その後一度だけ大きな金が入る仕事には恵まれたが、その頃にはそんな話は忘れていた。
なのに、ある年の11月に埼玉に出張する仕事が入り、その途中にいつものように諏訪大社に参った。
ところがいつものように木曽の道の駅で、夜遅くに買ってきた弁当を食べながら呑んでいたのだが、どういうわけか急にお腹が痛くなり、すぐ横のトイレに行こうとしたのだが・・・
たった50メートルほどの距離なのに、トイレにつく前に歩いている途中で、下痢のような感じになり、我慢できなくなったと思ったとたん・・・
汚い話のようだが、歩きながら黒いウンコが、たっぷりと出始めて止められない状態となった。
で、結局トイレでその黒いパンツの中のウンコを洗い流し、翌日諏訪大社のそばの温泉につかったり、コインランドリーで下着を洗った。
その時も確かに黒いウンコなんだけど、硬いものでもないし、下痢便のように水ぽいものでもなかった。
あとでそれが数年前に見た夢が、現実になったと実感した。
で、またおもしろいことにAmazonで「私は宇宙人」と言う、電子本を買った。
それは日本の中年の女性が書いたものだが、バリ島に住んでいるらしく、ある時突然自分は宇宙人だと気が付いたらしい・・・
地球には彼女に限らず、元々別な星で生活していたものが、地球のアテンションの手伝いのために、地球に転生したものが大勢いて、彼らを「ワンダラー」と呼ぶらしい・・・
実は私もその一人だと思うのだが・・・
その彼女の本の中に、電子本からはコピペできない様なのだが、同じような生まれ変わりの人と会った時に、急にトイレに行きたくなり、そこで私と同じように真っ黒なゲル状のものを大量に出したと言う話が有った・・・
つまり彼女は穢れているので、その穢れを洗い流されたと言う・・・
全く私と同じ経験をしているらしい・・・
実は私も、ホ・オポノポノに出てくる「ブルーソーラーウォーター」をずっと飲んでいて、何となく体が浄化されていると感じていたり、数年前に気が付くと頭の右後頭部に、何やらぶつけた時にできるこぶのようなものがあるのに気が付いた・・・
それが頭を打った覚えもないし、いつの間にかそのコブがブヨブヨに柔らかくなり、水が溜まってきた。
これは夢ではなく、現実に有った話なのだが、ちょっと心配になり、易神さまに聞いてみたが・・・・
何度聞いても「気にするな」「大事には至らない」と出る・・・
とは言われても、頭の事だから、一寸気になっていたが、いつの間にかそのコブも消えた・・・
この話、最近になって知ったのだが、闇の勢力が人類を家畜化するために、埋め込んだものがあるらしく、コブラもそれを無力化しょうとしているらしい・・・
どうもそれの事じゃないかと思うのだが・・・
で・・・
結果としていえることなんだが、覚醒夢で黒いうんこのようなものを川で洗い流したゆめを見てからなんだけど、確かにウンコの匂いが変わったんよ!!マジで・・・
昔みたいに「ウンコ臭い」にほいじゃなく、「ほんのりと香ばしい」様なにおいに・・・
くまさん
【「画像による文化財復元」のはじまり】
綾もいくつかは不思議体験があるらしいけど、僕の不思議体験は半端じゃない。
この前の【雅楽】にも出てくるけど、別れた嫁さんは信心深く、先祖を大事にしていたけど、僕は「無信心」で「神」等信じていなかったんだけど、写真の仕事で近くの神社で「宮参り」や「七五三」の写真を撮らせてもらえるようになり、嫁さんは拝殿にちゃんと頭を下げてお参りするけど、僕は立場上仕方なく頭を下げていた。
であるとき、その頃よく見かける品のいい、いつも笑顔のおじいさんがまたお参りに来ていた。
ある時、嫁さんとそのおじいさんが、なんか話をしているわけ・・・・
後で聞くと、かなり「不思議な話」だった。
どうもそのおじいちゃんは近くの人で、ある時寝ていると、枕元に髪が立つ、チャウ!!神が立つんだって・・・
何度も何度も神が立ち、そして「高千穂へ行け」と告げるという。
枚方から高千穂って、北海道に行くようなものかぁ・・・おじいさんは行ったことが無いから、途方にくれた。
すると、すぐに知人が高千穂へ行くことになり、一緒に連れて行ってもらったとの事。
で高千穂神社に着くと・・・・
そこに白髪白髭のおじいさんが立っていて、そのおじいさんに「三ヶ月前から待っていました」と言ったらしい。
どうもその人が言うには、そのおじいさんに「老人の為のユートピアを創れ」と神が言っているらしい・・・・
とはいっても、そのおじいちゃん、多少の私産は有るけど、とてもそんな大金は持ち合わせていない。
帰ってから、また神が枕元に立った・・・
今度は「4つの神社に参れ・・・」「それらはこの仕事の為に、違った力を授けてくれる」と言ったらしい。
その4つの神社は九州の「宗像大社」、奈良の「大神神社」、長野の「諏訪大社」、そして地元の「片埜神社」・・・
それぞれに違った力を授けるという。
それで、そのおじいさんはよくその片埜神社で見かけたわけ・・・
で、当時僕は「デジタル遺影」の仕事を始めたばかりで、何とか仕事を増やしたいと思い、その小耳にはさんだ4つの神社へ参ったんだけど・・・・
無信心の僕にはなんの御利益も無かった。
しかしそれからしばらくして、うちはよくバイトの募集をしていた。
で、「アルバイトニュース」をみて、能登から電話が入った。
どうも京都の写真スタジオを辞めて、実家の能登に帰るときにアルバイトニュースを買ったらしい。
で、急いで戻ってきてうちに来るようになったんだけど、彼女は能登の由緒ある禅寺の三姉妹の次女らしい・・・
彼女いわく「妹に霊感がある・・・」と。
で、彼女に一生懸命「遺影」の作り方を教えるけど、どうもなかなか頭に入らないらしい・・・
パソコンは苦手ではないけど。
で、ある日「どうしても、これをしないといけませんか?」と言い出す。
聞くと「実は霊感は妹だけではなく、三姉妹全員と母にある」との事。
で、遺影をやっていると「枕元に霊がたつ」と言う。
葬儀ではよくある話で、頼ってくる霊があるみたい・・・・
彼女は本来、そう言う霊界と人を結ぶシゴトをしなければならない運命にあるという。
なのに、それを逃げているらしい・・・で、その彼女を連れて「片埜神社」に撮影に行ったとき、彼女はしきりに周りを見て歩いていた。
で「この神社と仲良くしたほうがいい・・・」「ここは多くの神様を祭ってあり、御利益がある」という。
だけど、僕は葬儀の遺影を伸ばしたかったから、あまり真剣に受け止めなかった。
彼女は子供の頃に、寝ていると神様が迎に来て「今日はどこに行きたい?」と聞くという。
子供だから歓んで、行きたいところを言うと、そこに連れて行ってくれたという。
でも少し大きくなると、彼女もそれが怖くなったとの事。
彼女に言わせると、古事記や日本書紀のような「神々の世界」は実在するという。
その彼女に、あのおじいさんの話をした。
すると、「私も高千穂で不思議な経験をした」という。
昔、仕事で熊本に出張に行き、少し時間があるので、友達とレンタカーを借りて高千穂へ行くことにした。
当時はカーナビなど無いし、初めての道なのに、走った距離を時間で割ると70キロくらいのスピードになるという。
実際に僕も走っているけど、かなりの山道なんよ・・・
で、帰りの飛行機の時間もあり、慌てて帰ってきたけど、出発時間には間に合わなかった。
ところが飛行機は待っていたらしい・・・・
そんな彼女は、別のバイトの人の面接中に、突然姿を消した・・・
表われて、居なくなるまで10日間ほどだった。
彼女は置手紙をして・・・
当時まだ僕は離婚をしていなかったけど、時間の問題だった。
彼女は「奥さんとやり直してください」「片埜神社と仲良く・・・」と書いていた。
後で思い出したんだけど、彼女は「何かに導かれるようにして、ここに来た」と言っていた。
それから数年たって、葬儀の遺影も薄利多売の業者に徐々に押され始め、違う仕事を探していた。
ある日、その神社から「古い板戸があり、鳳凰の絵が描いてあるんだけど、痛んだ居るので修復に出した」「上がってきたので、記録の写真を撮って欲しい」と言われ、大型カメラで撮った。
修復されたというから、綺麗になっていると思うと・・・・
違って、絵の具が剥がれ落ちたままの姿だった。
修復とは「これ以上痛まないようにする」事をさすらしい・・・・
頼まれたのは記録写真だけだけど、僕は葬儀の遺影なんかでデジタル合成をしているから、コンピューターでなら、このはがれた絵の具を修正できるはず・・・
そう思い、画像をコンピューターに取り込んだ。
当時のMacは大きな画像を動かすにはかなりの時間が掛かった。
1ヶ月ほどかかって、4枚の板戸はコンピューター上で甦った。
それを神社に見せると・・・
びっくりされた。
そのとき、「ひょっとすると、こう言う需要があるのでは?」と気がついた。
それから数年掛かり、試行錯誤で復元技術を編み出した。
その間、何度もあのおじいちゃんの4つの神社には、お参りに行った。
今度はやはり神社やお寺の文化財の仕事だから、きちんと心を込めて頭を下げた。
すると、特に遠くの諏訪大社と宗像大社にお参りに行って帰ってくると・・・
不思議に仕事の話が入ったりした。
それだけで終わらないんよ・・・
もう一つ、不思議な話なんだけど、ネット上で仕事のDMをいくつかの社寺に出したら、一つだけ返事が返った。
どうも九州の禅寺で、古い掛け軸があり、黒くなってほとんど見えないらしい・・
僕は大阪から飛んで行き、仕事を貰ったが、その掛け軸にはなんと「宗像大社の最後の大宮司」の御尊影が描かれていた。
僕は偶然だと思っていた。
それから・それから・・・・
離婚して数年が立っていて、ある出会い系サイトで「お星様とお話が出来る」「偶然の意味が解かる」「地球儀を回して、指差した場所の料理が作れる」「絶対音感がある」とか、なんか乙女チックなプロフィールを載せているヒトが居て・・・
僕は半信半疑でメールを入れた。
この仕事のホームページと、僕の撮った写真の作品が載っているページを記して・・・・
すると、すぐに彼女から返事が返り、作品を見て「蒼が独特・・・」と彼女は僕の作品を褒めて、そして「仕事のページを見て、今のくまさんの苛立ちが見える・・・」と言う。
なんで、ホームページでそんなの解かるの?そう思って、今の仕事が伸びない実情や、過去の出来事を話した。すると彼女からいきなり「神がかり」のメールが返った。
どうも彼女も霊感が有るらしく、彼女は神の存在を「宇宙」と捉えているらしい・・・
絶対音感があり、作曲の仕事をしていたが、子供が出来て辞めて、今はこう言う能力を使ってコンサルタントみたいなことで、お金を貰っているという。
しかし彼女は僕には一銭も求めなかった。
彼女は、僕には凄い守護霊が着いてくれていて、その霊がしきりに僕に何か言いたがっているという。
色々やり取りをしていると、古事記や日本書紀に出てくる神様の名前や歴史上の有名人の名前がいくつも出てきた・・・
多分その守護霊が過去に付いていたヒトだろうという・・・
彼女にあのおじいさんの4つの神社の話をした。
すると・・・
4つの神社は実はおじいさんではなく、僕の前世と深く関わっているという。
誰だか解からない、そして僕にはまったく記憶の無い前世のヒトの因縁が、今僕に災いをして、このシゴトが旨く行かないという。
今、自分でその前世のヒトの因縁を断ち切らないと、自分が困るという。
コッチにしてみれば、何も悪いことをしていないのに、何でそんな昔の罪を被らんとアカンねん!!
そうは思っても、自分がやらないとよくならない・・・
守護霊が「急げ・急げ・・・・」と言っているらしい・・・
言われたことを仕方が無いのでやると・・・
やはり、この仕事のステージが一つ上がった。
そんなやり取りを何度かした後、彼女は「もう、これ以上私に出来ることはない」と言って、連絡を絶った。
前の禅寺のムスメも、あのおじいちゃんも、守護霊の伝言を僕に残し、消えた・・・
結局、葬儀の仕事が駄目になり、この復元を始めるきっかけは、「この神社と仲良くするように」と言われた地元の神社。
あのおじいちゃんも居なくなり、彼が立てるはずの名前まで決まっていた「老人のユートピア」は、ネットで検索しても存在しない・・・
出会い系のメルトモも、その後何度連絡を入れても返事は返らない・・・
っうのが、この仕事を始めたきっかけなんよ!!
でも・・・・
不思議な出来事は、その後も頻繁に起きた・・・・
くまさん
【甦った虚空蔵菩薩像】
京都の嵐山に「法輪寺」と言うお寺があるんだけど・・・
ある人の紹介で、そこに伝わる「虚空蔵菩薩像」の板絵の復元をしたんだけど、この板絵は「求聞持法」という荒行で使われたものらしい。
復元は、本来あそこまでの完成を目指したものではなく、残された痕跡だけで復元画像を作った。
ところが副住職は、仕上がりを芳しく思っておられない様子。
こちらも自分たちの技術を高めるために、さらに3か月かけ、あそこまでの復元結果を得た。
その後、現物の板絵も修復に出され、上がったことを機に「法要」が営まれ、ABC朝日放送が取材に来て、夕方のニュースの特集として流された。
その法要当日に、復元画像は掛け軸として一般公開された。
ずいぶん大きくて、立派な掛け軸であった。
その後、わが社も簡易のタペストリーを作り、スタジオで展示したり、インテックス大阪での中小企業の展示会などでも展示している。
その展示会の初日、多くの来館者があったのだが、その時、不思議なことが起きた。
他の来館者とわが社の展示スペースで話しているとき、年のころ30代と思われるスーツ姿のサラリーマンが、この虚空蔵菩薩のタペストリーを見た途端、わが展示スペースに入り、いきなり「拝ませてほしい」と言い出した。
いきなりこんな言葉を聞くと、何が起きたのか?一瞬わからなかったが、彼はその言葉を発するや否や、ネクタイを緩め、ワイシャツの胸のボタンをはずし始めた。
そして、なんとそのワイシャツの下から大きな数珠を取り出し、手に持ちお経を唱え始めた。
こちらは唖然としていたのだが、彼は在家信者だと言い出した。
法輪寺の虚空蔵菩薩像の話を知っているらしいが、拝み終えると、名も告げず、名刺もおかずに、人ごみの中に立ち去った。
何かの冗談だと思っていたのだが・・・
しかし、それにしてはおかしい。
たかが、復元画像をタペストリーにプリントしただけのものである。
仮に法輪寺で法要された立派な掛け軸なら、「拝ませてほしい」と言われるのも、わからないわけではない。
なのに、彼はなぜあれを拝みたいと思ったのか??
その後、ずいぶん僕はそのことを考えた。
その結果としていえるのは、仮にあのタペストリーに描かれた虚空蔵菩薩像に魂が宿っているとしたら・・・
それは、立派な掛け軸だろうが、簡易のタペストリーだろうが、同じ魂が宿っているのではないのだろうか?
つまり、一般的な仏画のレプリカなら、「本物」があり「複製品」がある。
だから魂は本物にしか宿らないと考えるのが自然であるが、この復元に関しては、本物と言えるのは「朽ち果てた板絵」である。
しかし、魂は永遠だとするならば、その魂は、「デジタルデーター」という、物質を伴わず、朽ちることのない「器」へと乗り移ったと考えられないだろうか?
そう考えるのが自然だと僕は気が付いた。
だとすれば、デジタルデーターそのものに魂が宿っているとしたら、そのデーターから出力されるすべての姿に、同じように魂が宿っていると考えられないか?
そうすれば、サラリーマンがタペストリーを「拝ませてほしい」と言ったことが、説明できる。
っうこともあったんだけど、前にも言ったけど「物質に魂は宿る」としたら??
言い方を変えると、その「朽ちた物質」から「魂は抜け出して」、物質を伴わないから朽ちることのない「デジタルデーター」に乗り換えたって可能性があるわけ・・・・
くまさん
【雪舟の龍】
僕の「不思議体験」をYouTubeに「動画」として、いくつも上げているんだけど・・・・
その中の一つ
に、僕自身がナレーションをしているだけど、そのナレーションを「文字起こし」したものがこれ!!
この仕事は主にインターネットを使って営業活動を行っており、依頼は当社のホームページ上からの問い合わせであるが、逆にこちらから全国の社寺に数百通の資料を送っても、ほとんど反応がない。
ただ全国の社寺は実際には桁違いの数なので、やはりネットを使ってのPRの必要性を感じており、スタッフにFacebookの活用を検討させていた。
しかしある時急に思い立ち私は自分でプロフィールを登録した。
そしてメンバーの中から、多くの宗教関係者「友達申請」を行った。
Facebookに登録したのは2011年の10月21日なのだが、それからちょうど10日ほどして、Facebookを通して初めての仕事が入った。
広島にあるお寺に伝わる「伝雪舟」の掛け軸であった。
住職の話では寺の創建時に、領主から賜ったものだと伝わっているという。
それは「龍図」であったが、調べてみると雪舟の残された作品の中に、ほとんど龍図はなく、ネットで調べると東京芸大が一つ所有しているという。
復元依頼の龍図はずいぶんと傷んでいた。
今回復元に当たり、もし雪舟作の龍図だとすると、とんでもない値打ちものになり、扱いは慎重を期して、撮影は「大日本スクリーン」の文化財用に開発された、「大型スキャナー」で撮影した。
ただ・・・
解像度が期待したほどではなく、「実質400DPI」を切っていた。
データをモニターで確認すると、龍図はネズミにかじられ、何度も修復されているようで、実質面積の半分ぐらいしか当時のものは残っていない。
どうも住職は雪舟の専門家に、掛け軸を見せたことがあるらしく、真贋を仰いだが、その専門家は直接それには触れず、「紙」は当時のものと思われるという言い方にとどめたようである。
それを「雪舟作」と言い切ると、専門家としても下手をすると自分の進退に関わるので、断定は避けられたようである。
実は雪舟作と伝えられる龍図は、戦前の売り買いの記録写真を見ると、ずいぶんあるのだが、そのいずれも現在の画集には乗っていない。
しかし面白いことに、今回の掛け軸と同じ構図の龍図が、その古い資料には複数
乗っている。言い換えると、確かに雪舟はその構図の龍図を書いたと思われるが、そのいずれも現在は「贋作」とされ、本物は失われたかあるいは今回の掛け軸ではないかと思われる。
それらを比較してみれば、今回のものとその質の違いがわかる。
ただ私も若い頃に絵描きを目指したことがあるが、水墨画や日本画の経験はなく、いろいろと雪舟について調べるために、Amazonで「資料」を検索しいくつかの本を買った。
で、実はその時「雪舟の龍」という本があることがわかり、まさにピッタリと思い購入したのだが、古本が何冊も出品されており、なんと「1円」となっていたが、届いてみるとほとんど新品状態だった。
他の資料にも目を通したのだが、それらは
画集や解説書の類なのだが、その「雪舟の龍」を読み始めると・・・・どうもその手の本ではない、つまり「小説」だったのだが、そのストーリーとしては、一人の売れない絵描きで美術評論家でもある主人公が、ひょんなことから「雪舟作」と思われる龍図と関わり、それが本物であるということを「証明」しようとする話なのだが、やたらと雪舟のことや水墨画の技術について「講談士、見てきたような嘘を言い」というが、ただの物書きにしては水墨画の技術について、とても詳しく書かれている。
それが作り話とも思えず、その作家についてネットで調べた。
作者の名前は「林芳文」とあった。
彼の記録はほとんどなく、検索に引っかからないのだが、どうも彼自身も自ら「水墨画」の作品を描き、そして「美術評論」を手がけていた。
まさに「劇中劇」のように、小説の主人公と作者がダブっているのだが、ただ少し腑に落ちないところもある。
水墨画の技術に関しては納得できるのだが、しかし彼は「現代美術」の
評論を「美術手帳」に書かれていた。その彼が専門家以上に「雪舟の生い立ち」や
「芸術性」について、詳しいのだが、おかしなことに彼は「在日の人」のようである。歳は私より10歳ほど上のようであるが、その年代の在日の人だとすると、「差別意識」が強く、とても日本文化の代表的存在である「雪舟」に興味を持つだろうか??
彼は小説は実はこれが「処女作」であり、「遺作」でもある。
評論としてはなかなか雪舟について掘り下げてあるが、正直言って小説としては
面白くない。ただ私が不思議な縁を感じるのはその小説の終わり方である。
この小説は2000年に出版されたものであるが、主人公の絵描きであり評論家である彼が、雪舟の専門家でもないのにそれを「本物」だとして、世に問う方法として「パソコン」を使い、「画像を比較」しながら、それが本物であるということを証明しようとする場面で、物語は終わっている。
私もデジタルと関わり出しMacを使い画像処理を始めた。
パワーマックが発売されたのが1994年で、私は確か翌年に購入し、「画像処理」を「試行錯誤」で学んだ。
つまりパソコンで画像が扱えるようになって、まだ間がない時期に、この小説は書かれている。
私は2000年に近くの神社の鳳凰図の画像修正を行った。
ちょうど私が「画像による文化財復元」を始めた年に、この「雪舟の龍」は出版された。
その小説に、「龍図が本物であること」を、パソコンの「画像」を使って「証明」しようとしているのだが、出版の年に私はこの仕事を始め、そして現在この「雪舟の龍図」が本物であることを、「画像による文化財復元」という技術で、
「画像として証明」しようとしている。雪舟作の龍図も、ほとんど世に出ていないのに、2000年にそれを題材とした小説を書いた彼と、同じ年に復元を始め、現在同じく「龍図」を本物として、同じく
「画像」として世に出そうとしているわけだが、「林芳文氏」自身が何か龍図の存在を、確信していたように思えてならない。がしかし、残念ながら彼は亡くなっているようである。
詳細はわからないが、2002年に東京のギャラリーで、彼の
「追悼展」があったらしい・・・・
これって綾は「偶然」だと思うか?
どう考えてもできすぎているよね??
こういうのを、ユンクは「シンクロニシティ」と呼んだんだけど、日本語で言うと「同時性」と言われているんだけど、別の言い方で「意味のある偶然」ともいうけど、これってホントは「偶然」ではなく「必然」と言うことなんよ!!
くまさん