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伝・狩野探幽の掛け軸

  

ずいぶん以前の話である。

テレビのニュース番組の特集を見た一般人からの話であったが、依頼者は中年の男性であったが、その所有者は、その人の母親であった。

どうもそのご主人が知人から購入されていたらしく、現状の画像を見るとわかるがずいぶんシミがあったり、色あせていた。

  

一般的に赤外線撮影が、墨で描かれたものには有効なのだが、しかし先日話したように板に描かれ風雨にさらされて薄くなったものは、ほとんど効果がない。

しかし、紙に書かれ、室内で保存されたものには、効果がある場合が多い。

これがそのよい例であるが、赤外線画像を見れば、現状のカラー画像とずいぶん違う。

  

まず、墨で描かれたものがコントラストが高く記録され、さらに肉眼では、紙がずいぶん色褪せ、そしてシミがひどいが、赤外線画像ではシミは薄れている。

さらに、その後ろのシミにかき消されて、単に汚れだと思われた上半分に、実は山並みが描かれ、雲や木々なのかあるいは竹藪なのかは定かでないが、薄墨で描かれ、その少し上の、山並みとの間に、若干ではあるが、真ん中より少し右側に、丸くそして薄くなった部分が見える。

構図的には少しおかしいようにも思えるが、お月さまの様に見える。

落款は、赤外線では復元できず、落款だけカラー画像で拡大撮影し、画像処理で復元した。

伝・探幽作掛け軸の現状画像 伝・探幽作掛け軸 赤外線画像 伝・探幽作掛け軸の復元画像
現状写真 赤外線写真 復元画像

  

余談ではあるが、この所有者のご婦人、年齢的にすでに70歳はとうに過ぎているように思えるが、とても品が良く、歳をとっても女の色気を持たれていた。

和算の絵馬

これもずいぶん以前の話である。

兵庫県のある神社に残る「和算の絵馬」であるが、御覧のように現状ではほとんど何も見えない。

先ほども述べたが、板に書かれ、墨が落ちてしまうと、赤外線ではほとんど何も見えない。

しかし、最初の技術説明にもあるが、「遮光」と言って、斜めから光を当てると、わずかではあるが「影」が出ることがある。

その影を拡大撮影し、一文字一文字、書き起こしていったが、かれこれ10年近く昔の話であり、Macの性能も悪いし、書き起こしに使ったタブレットも、肉筆で描くのに比べ、ずいぶんとぎこちない線しか描けなかった。
その上、当時は文字の知識もなく、ただ影だけを見ながら書き起こし作業をしていたが、影が読み取れない部分や、読み間違えている部分も多く、部分的にしか復元できていない。

広峰-現状
現状画像
広峰-復元
復元画像
蒔絵の絵馬

  

これも、ずいぶん以前の話である。

ある神社に奉納されていた「蒔絵」で描かれたと思われる絵馬である。

現状はすでに描かれたものはほとんど消え、わずかにその痕跡が確認できる状態である。

  

さすがに赤外線は役に立たず、当時はデジタルカメラの画質は現在ほど高くなかったので、大型カメラを用いて撮った画像を、 フィルムスキャナーで取り込んだ。

モニター上で拡大し、線を1本1本、タブレットを使って書き起こしていった。

  

蒔絵の絵馬 現状画像 蒔絵の絵馬 復元画像
現状画像 復元画像

  

当時としては精いっぱいの技術であったが、タブレットで書き起こした線は滑らかにつながらず、結果として鶏の羽を描いた線は、ずいぶんと間隔がまばらとなった。

当然蒔絵を描くほどの職人がそんな下手なはずもなく、今から見ると、穴があったら入りたい心境である。

  

  

その後試行錯誤を繰り返し、文字の書き起こしも同じであるが、線画がずいぶん滑らかに描けるようになり、そこに込められた「作者の思い」がより復元できるようになった。

 

蒔絵の絵馬・拡大画像 虚空蔵菩薩像・拡大
蒔絵の絵馬の拡大画像 虚空蔵菩薩像の拡大画像

   

瀬戸黒茶碗・箱の裏書

  

これもずいぶん以前のものである。

これはNHKで取り上げられた後の作業であるが、よく茶碗の箱には「裏書」というものがある。

それが真贋判定の一つの手がかりとなる。

この箱には「瀬戸黒茶碗」が入っているとのこと。

現状では、和紙にちりばめられた銀の短冊が黒化してしまい、そこに書かれた文字がまったく読めない。

  

今までは、薄れて読めなくなったものを復元することが多かった。

しかし今回は、「黒の分離」という難しい課題である。

ずいぶん古いコマーシャルに「闇夜のカラスは映りません」というのがあったが、一般的に写真の世界でもそれは言える。

それは、アナログの写真フイルムには「特性曲線」と言われるものが存在し、今のデジタル画像ほど、白から黒までの「諧調」が等しくなかった。

つまり「S字型曲線」と言われ、ハイライトの部分と、シャドーの部分は、諧調が出し にくかった。

ところが、モノクロフイルムの超絶技法に「ゾーンシステム」というものがあり、その写真の諧調を思い通りにコントロールする技がある。

一時、その技術に凝った時期があり、それを応用して、「黒の中の黒」つまり、墨の黒と、銀の黒化した黒を分離させた。

  

箱の裏書・現状画像 箱の裏書 復元画像
現状画像 復元画像

   

古い領収書の文字

  

これも古い話である。

復元技術の中に「蛍光撮影」というものがあると述べたが、本来「蛍光」とは、ある物質に紫外線を当てると、その物質が光を発することがあり、それを蛍光と呼ぶのだが、近年、紫外線は物質を劣化させる恐れがあり、文化財の世界では嫌われる。

そこで、紫外線を使わなくても、「可視光域」の特殊な波長と 、ある種のフィルターを用いることで「蛍光作用」を記録できることがある。

これは文化財ではないが、ある大手飲料水メーカーの古い領収書で、書かれていた文字はまったく見えなくなっている。

しかし、会社としては何の領収書なのかを知りたいという。

  

いろいろ試したが、結局「可視光域内蛍光撮影法」で文字が読めた。

昭和49年発行の「100,000円」の領収書であった。

余談であるが、この復元のために頂いた費用も、同じ金額だった。

  

ノーカーボン領収書・現状画像 ノーカーボン領収書の復元文字
ノーカーボン領収書の消えた文字 ノーカーボン領収書の復元された文字

    

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