これも、ずいぶん以前の話である。
ある神社に奉納されていた「蒔絵」で描かれたと思われる絵馬である。
現状はすでに描かれたものはほとんど消え、わずかにその痕跡が確認できる状態である。
さすがに赤外線は役に立たず、当時はデジタルカメラの画質は現在ほど高くなかったので、大型カメラを用いて撮った画像を、 フィルムスキャナーで取り込んだ。
モニター上で拡大し、線を1本1本、タブレットを使って書き起こしていった。
現状画像 | 復元画像 |
当時としては精いっぱいの技術であったが、タブレットで書き起こした線は滑らかにつながらず、結果として鶏の羽を描いた線は、ずいぶんと間隔がまばらとなった。
当然蒔絵を描くほどの職人がそんな下手なはずもなく、今から見ると、穴があったら入りたい心境である。
その後試行錯誤を繰り返し、文字の書き起こしも同じであるが、線画がずいぶん滑らかに描けるようになり、そこに込められた「作者の思い」がより復元できるようになった。
蒔絵の絵馬の拡大画像 | 虚空蔵菩薩像の拡大画像 |
これもずいぶん以前の話である。
兵庫県のある神社に残る「和算の絵馬」であるが、御覧のように現状ではほとんど何も見えない。
先ほども述べたが、板に書かれ、墨が落ちてしまうと、赤外線ではほとんど何も見えない。
しかし、最初の技術説明にもあるが、「遮光」と言って、斜めから光を当てると、わずかではあるが「影」が出ることがある。
その影を拡大撮影し、一文字一文字、書き起こしていったが、かれこれ10年近く昔の話であり、Macの性能も悪いし、書き起こしに使ったタブレットも、肉筆で描くのに比べ、ずいぶんとぎこちない線しか描けなかった。
その上、当時は文字の知識もなく、ただ影だけを見ながら書き起こし作業をしていたが、影が読み取れない部分や、読み間違えている部分も多く、部分的にしか復元できていない。
現状画像 |
復元画像 |
ずいぶん以前の話である。
テレビのニュース番組の特集を見た一般人からの話であったが、依頼者は中年の男性であったが、その所有者は、その人の母親であった。
どうもそのご主人が知人から購入されていたらしく、現状の画像を見るとわかるがずいぶんシミがあったり、色あせていた。
一般的に赤外線撮影が、墨で描かれたものには有効なのだが、しかし先日話したように板に描かれ風雨にさらされて薄くなったものは、ほとんど効果がない。
しかし、紙に書かれ、室内で保存されたものには、効果がある場合が多い。
これがそのよい例であるが、赤外線画像を見れば、現状のカラー画像とずいぶん違う。
まず、墨で描かれたものがコントラストが高く記録され、さらに肉眼では、紙がずいぶん色褪せ、そしてシミがひどいが、赤外線画像ではシミは薄れている。
さらに、その後ろのシミにかき消されて、単に汚れだと思われた上半分に、実は山並みが描かれ、雲や木々なのかあるいは竹藪なのかは定かでないが、薄墨で描かれ、その少し上の、山並みとの間に、若干ではあるが、真ん中より少し右側に、丸くそして薄くなった部分が見える。
構図的には少しおかしいようにも思えるが、お月さまの様に見える。
落款は、赤外線では復元できず、落款だけカラー画像で拡大撮影し、画像処理で復元した。
現状写真 | 赤外線写真 | 復元画像 |
余談ではあるが、この所有者のご婦人、年齢的にすでに70歳はとうに過ぎているように思えるが、とても品が良く、歳をとっても女の色気を持たれていた。
最近マスコミで多く取り上げられるが、しかし以前より反応が少ない。
もう7~8年前になるが、同時期にたまたま「関西テレビ」と「NHK」の取材が続き、そしてそれは同時に、放送も同じ日の夕方のニュースの中の「特集」として取り上げられた。
翌日多くの問い合わせがあり、その一人から「写真」の復元の話が出た。
写真の復元は、それ以前からPhotoshop のスタンプ機能を用い、写真屋でも行われていた。
方法としては、傷の部分を、横の傷のない部分から拾い、傷の上に重ねる。
多くの写真はそれで「復元」ではなく「修正」できる。
一般人にとって、写真そのものが「きれい」になれば、それが元の姿であるか否か?は、さほど問題ではない。
ところがその時持ち込まれた写真は、戦前の家族写真で、そこに映る長女が、両親の写真が他に無いとのこと。
昔は写真はとても高いもので、プリントそのものも名刺サイズくらいのものだった。
で、仕事を受けたものの、一般的なスタンプ機能では復元できる状態ではなかった。
つまり、あまりにも傷が多く、またその傷をふさぐ「元の部分」が存在しない。
僕の復元術は、一つの技術ですべてを復元するものではなく、いろんな技術を組み合わせ、試行錯誤をしながら、「新しい方法」を見つけ出すものであり、需要があればそれを可能とする方法を見つけ出す。
そこで考えついたのが、置き換える部分がないなら、その傷そのものを直すしか方法がない。
つまり、その名刺ほどの写真をスキャナーを使い「高解像度」で取り込んだ。
それをモニター上で拡大し、「ドット」の一つ一つが確認できる状態にして、そのドットの一つ一つに対して、修正を加えていった。
ドット単位だから、隣の情報に影響はない。
つまり、写真全体として、「情報を置き換えない」から、それは元の姿を維持する形となり、「修正」ではなく「復元」と呼ぶことができる。
約1週間かけ写真の復元は完成した。
60年前の家族写真の現状画像 | 60年前の家族写真の復元画像 |
(資)文化財復元センター 大隈 剛由
ご存知の方はとても少ないと思いますが、一般的に領収書や契約書などの「控え」は「ノーカーボン紙」が使われます。
昔は「カーボン紙」という、黒い紙を間に挟み、コピーを取ったものですが取り扱いがめんどくさく、指が黒くなったものです。
ところが40年ほど前から、複写紙そのものに、特殊な色素のカプセルを塗り付け、圧力がかかると色が出る仕組みの「ノーカーボン紙」というものに置き換わり始め、金融機関や官庁で使われるようになってきました。
そのノーカーボン紙に使われる色素は、実は耐色性がとても悪く、光や熱に弱いようで、下手をすると10年未満で文字が消えてなくなることも多く、うまく保存されていても、確実に色は薄れてきます。