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「無心ということ」鈴木大拙・著
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この本、ネットで「無心とは」と検索した時に、どうしても辞書に書かれている程度「心のないこと」という程度の、判ったようで解らない答はあるが、もっと深く知ろうとすると、一つのサイトにたどり着いた。
 
そこに鈴木大拙が「無心ということ」という本を出していると有った。
 
さっそくAmazonで検索すると出てきたので注文をしたのだが、いざ届いて読み始めると、どうもある宗派の人々に対する「講演」を本にしたものらしい。
 
しかしたった「無心」と言う一言をテーマに数回に及ぶ講演をしているらしく、もともと元本が1950年に出されたと言う。
 
随分昔の話で、私が生まれる前となる。
 
どうも速記で記されたものを元に一部付け加えられて、本になったと言う。
 
文体は口語体なのだが、新しく読み仮名を振ったとか、現代の仮名遣いに変えたとか書かれているが、しかしそれでも私には読めない漢字が随分あり、雰囲気で読み進めた訳だが、例えば「易と人生哲学」安岡正篤・著などは12回の講演を1冊にまとめられているが、読み終えるのにまる一日あれば読み終える。
 
 
ところがこの本、文字も小さいが、内容が「無心」と言う、まさに形のないものを、言葉で説明しようとしているので、ずいぶんと回りくどいたとえ話が多く、なかなか読み進められないし、読んでいるとすぐに眠気が襲ってくる。
 
結局3日間ほどかかり、読み終えたのだが、正直言って、理解できたとはとても言えない。
 
 

ただ、今までいろんな本を読んできたおかげで、「いわんとするところ」は、何となく、断片的には解るところがある。
 
本来、もう一度続けて読み直そうと思っていたが、しかしこれを再度初めから読み直すとなると、ちょっとやそっとのことではない。
 
いゃ、年末年始に読むべきものをずいぶんと買い込んだことでもあり、まずそちらを先に読み、それから暇を見てもう一度チャレンジしようと思う。
 
ただ一言で「無心」というが、なぜ「無心」が必要なのか?
 
一般の人には理解できないと思うが、私が多くの本を読んでいると、私のように自分の力、努力で頑張っても、動かないものがある。
 
しかし、それもそこから意識を外して、別なことを考えていると、どういうわけか、それが解決していることがある。
 
つまり「時間」が解決してくれるのだが、しかし本当は「」が力を貸しているらしく、それを「ゆだねる」と言う言葉で表現される。
 
そう、神は我々ができないことを実現してくれるのだが、その時に人が力んでいると、力を貸せないらしい・・・
そう、神の力を借りるには「無心」と言う状態がどうしても必要なのだが、しかしそれを「意識」してしまうと、無心ではなくなる。
 
それを習得するのは、簡単なようで、私のように「理屈」でモノを考える者には、一番苦手な事でもある。
 
(資)文化財復元センター  おおくま

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