2024年10月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

ブログメニュー

恩師の話
Pocket

【恩師の話】

昔は学校の教師を「先生」と呼んでいたよね・・・

医者や弁護士やら、そういう「肩書」を持った者たちは、自分たちの中で、互いに「●●先生」とか「××先生」とか自分たちで「先生」と言う言葉をつけるのを好むんだけど、ガッコの教師も互いに「先生」と言う単語をつけて呼び合う。

「先生」って、国会議員などもそうだけど、「権威付け」で呼んだりするけど、僕はそういうのが嫌い・・・・

で、そんな中「恩師」と言う言葉は特別で、自分が世話になったり尊敬できる人に限って呼ぶ呼び名なんだけど・・・

卒業して当時の「教師」達を省みると、とても「恩師」などと呼べるものなどいない・・・

だけど・・・

卒業後「恩師」と呼ぶべき人だったという人とは一人だけであっている。

僕が落ちこぼれのいく「園芸高校」に入ったのは、そこに「園芸科・デザインコース」と言うのが新設されたから・・・

1年生の時、僕は美術部に入ったんだけど、その動機は不純なもので「きれいなバラ」等の絵が描けたら、持てるだろうなぁ・・・・」オイオイ

ツウくらいだったんだけど、クラブの顧問で美術の教師は、とても小柄でいつもズボンをはいているおばぁちゃんだった。

その先生が美術の授業の時、騒いでいた男子生徒に向かって「バカモーーーーーン!!」「出ていけ!!」と大声で叱ったんだよね・・・・

そんな小柄なおばぁちゃんなのに、男勝りの人だったんだけど、その先生、クラブでは僕らの事を「ちゃんと大人扱い」してくれたんだけど、その顧問はほとんどクラブには顔を出さなかった。

で、僕は先生に僕の作品を批評してもらいたいから、職員室に呼びに行った。

で先生は来てくれたんだけど、作品を作者の僕が思っているようなところを見るんじゃなく、まったく別なところを褒めたりしてくれたわけ・・・・

そうすると・・・・

「この先生、大丈夫かな??」と心配になってきたわけよ・・・

そこで僕はそんな先生を当てにしないで、自分がみんなを引っ張ったんだけど、2年になって「部長」に選ばれた。

夏休み明けに、大阪の天王寺美術館で「高校展」と言うのがあり、府下の100校ほど参加していたんだけど、僕はそこで賞をもらったり、それがきっかけでテレビに出たりした。

その後卒業をして数年たったころかなぁ・・・「フト」その先生の言われていたことの意味が分かった!!

先生がほとんどクラブに顔を出さなかったのは、僕たちの「自主性」を育むため・・・

そして、作品を見てもらったときに、作者の意図とは「全然違う見方」でほめてくれたことは、実は「作品って、見方が一つだけじゃないんですよ!!」と言うことを教えるためだったと、数年たって「気が付いた。」

その後僕は結婚して、その先生は高校の教師を辞めて、「短大の理事長」をしていたんだけど、僕はそこの「学校アルバム」の仕事をさせてもらった。

その時、先生と一緒に還り道に食事をおごってくれたんだけど、その時僕は先生に「僕は高校時代に先生からこんなことを教えられた・・・」と、さっきの話をしたんだけど・・・

すると先生は「やっと気が付きましたか・・・」と言うのではなく、「そんなこと、ありましたっけ・・・」と、とぼけられた。

それを聞いて、僕はこの人こそ「恩師」だったと気が付いた。

どういう意味かと言うと、僕がその先生から「教えられた」と思ったことは、実は僕が自ら「学んだ」事であり、私が意図してそれを教えたわけじゃない」と言う意味なんよね・・・

その先生、高校時代に、高校では「美術」を教え、その短大では「哲学」を教えていたらしいし、その先生の実家って「お寺」なんよ・・・

それだけ「意識レベル」が高い人だったから、僕はその人から大事なことを学べたわけ・・・

それからまたかなりの月日が流れ、その先生も亡くなったんだけど、高校の同級生数人が集まり、一緒に吞んだ。

高校時代に、僕にはおんなの「悪友」が居て、早弁していると、僕の弁当をつまみ食いしたり、「くまぁ・・・一緒に授業をさぼらへんか??」と誘いに来るわけ・・・

僕は授業はさぼってもいいけど、クラブはさぼりたくなかったんだけど、それでも時々大阪の梅田に出て「ジャズ喫茶」でさぼったりした仲間が、その久しぶりに飲んだ時、彼女も変わり者だったんだけど、その先生が「浜田さん!!面白い絵を描くね・・・」「美術部に入らない??」「浜田さんの好きな大隈君が居るよ??」と誘われたことがあるって言ったわけ。

ただそれだけならたいした話じゃなかったんだけど・・・

その時先生は「大隈君が居るから、ここで教師をしているけど、彼が卒業したらここを辞める」って言っていたらしい・・・・

つまり、その先生も実は僕の事ちゃんとわかっていて、見守ってくれていたということ!!

なのに、前に言ったように「そんなこと、ありましたっけ・・・」ととぼけられたわけよ・・・・

それだけ奥の深い先生だったからこそ、僕は「恩師」と呼べるし、またその先生との出会いが無かったら「今の僕」は存在しなかったわけよ・・・・

それくらい「出会い」って、意味のあることなんよ・・・

くまさん

Pocket

この記事にコメントする

このページのトップへ